沖田総司に似た密偵の部下

□5.扉の向こう -oki-
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「なんや大変やったみたいやな、サラシねぇ」

先日の二等巡査たちとの騒ぎを聞いた張さんが、私の胸元をしげしげと見つめている。
そんなに見なくてもと、私は思わず胸をかばった。

「なっ、何ですか張さんまで」

「いやぁ別に、ただ改めて見るとホンマにぺったんこやなぁ」

張さんはお辞儀をするように顔を突き出して、私の胸の間近で視線を上下させた。
失礼なことを言う。それに近すぎます。
私は咄嗟に身を捩って逃れた。

「潰してるんですから当たり前です、変なこと言わないでください」

「しっかし毎日面倒やろ、サラシ取ったらえぇのんに」

「なっ、これは男の方の褌と同じなんですよ、仕事する時に緩かったら気になるでしょう!」

「ぷっ、褌って、おもろいなぁつくしちゃんは」

張さんに揶揄われて変なことを言ってしまった。
でも的外れでもない。
これは何か言い返さないと気が済まない、張さんを睨んでいると、藤田警部補がやって来た。

「楽しそうだな」

「藤田警部補! た、楽しくなんか」

「なぁ聞いてぇな、つくしちゃんのサラシは褌とおんなじなんやて」

「ちょっ張さん! 余計なことを!」

晒は褌、間違ってはいないと思うけれど、警部補に伝える話でもない。
冷静に考えれば恥ずかしい話だ。

「ほぅ、まぁ言われてみれば似たようなもんだな」

「へっ」

笑われるどころか頷いてくれた警部補。
張さんが嘘やろと苦い顔で警部補を見上げた。

「で、ですよね! さすが警部補、言いたいことを汲み取ってくださる。張さんとは違いますね」

「何やてぇ!」

ぺっと舌を出して見せると、張さんが面白いぐらい反応を見せた。
可愛い反応だけど、髪型のせいもあってか顔が怖い。
ちょっとやり過ぎてしまったかな。
謝ろうとした時、藤田警部補が小さく笑って私達を止めた。

「フッ、その辺にしろ、今日は二人で捜索に行ってもらう。例の密売組織の日本でのアジト捜索に張、沖舂次を連れていけ」

「武器密売組織……」

「京都の一件は知っているだろう。そこの張も元十本刀だ」

「はい、話は聞いています。煉獄という戦艦が存在したことも」

「あれは大陸から来た代物だ。売り捌いた連中の日本アジトを突き止めねばならん。人手が要る」

「えぇぇ面倒やなぁ! って言いたいトコやけど、相手がつくしちゃんならまぁええで。なんだかんだで可愛いつくしちゃんや」

張さんは度々こういった冗談を言う。
可愛いと言われても何も感じないが、警部補の前で褒められるとむず痒い。
私を褒める大袈裟な言葉をどう思って聞いているのか、意味も無く警部補の顔を見てしまった。
もちろん反応は無く、淡々と話が続いた。

「あくまでも目的はアジト発見と情報収集。戦闘はするな」

「あいよ、いつも通り大人しゅう任務に励みますさかい」

「沖舂次、お前も先走るな。張はこれでも勘がいい」

「はい、張先輩の足を引っ張らないよう頑張ります」

「うっはぁ、えぇなぁ! 先輩やて! つくしちゃんに言われると擽ったいな。よろしゅう頼むわ、つくしちゃん」

こちらこそ張さんの言葉が擽ったいですよ、とは言い返せず、私は素直に頭を下げた。
張さんから先程の怒りはすっかり消えて、笑って私を引き受けてくれた。気持ちを切り替えるのが上手く、面白くて頼れる先輩だ。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「ほな、昨日の続きやな。歩きながらこれまでの経過を話すさかい、行くで」

「はい!」

警部補はここに残る。
私は会釈をして、沢山の武器を携帯する張さんを追いかけた。

後姿を見ていると、目立つうえに武器が音を鳴らし、密偵に向いてないのにと、笑いが込み上げてしまう。
でも藤田警部補が見込んだ人なのだ、頼りになって強いのだろう。……それなりに。

「張さんは元十本刀って、藤田警部補たちが一掃した組織にいたんですよね」

「せやで、志々雄様は強かったんや」

「志々雄……さん。張さんも藤田警部補と闘ったんですか」

実は藤田警部補が闘う姿も、張さんが闘う姿も見たことが無い。
もう一つ言えば、私が二人の前で剣を振るったこともない。
私は警察の道場で稽古をするので、見に来ようと思えばいつでも来られるのだが、二人にそんな時間は無い。

「ないないない、ワイが闘ったんは抜刀斎や。聞いたことあるやろ、幕末に人斬り働きで散々人を斬った男や」

「抜刀斎……聞いたことはあります。今も生きているのですか」

「元気に刀振り回しとるで。幕末の行いを反省して人助けやと。警察に力を貸したり、気ままに暮らしとるで」

「今も刀を……」

「あぁ。ただ逆刃刀って刃が反対向いたおかしな刀やけどな。荒井赤空最後の一振りを奪われたんは絶対に忘れへん!」

「へぇ……その方、お強いんですね」

闘いの結果は抜刀斎の勝利。
次の言葉が出るまでの時間と、張さんの顔が結果を告げていた。
思い出したくなかったのか、顔をしかめている。

「まぁな。斎藤の旦那も抜刀斎には思い入れがあるみたいやな。せや、つくしちゃんに似た沖田総司も抜刀斎と互角に渡り合ったらしいで」

「沖田さんが……」

「あぁ。ま、今は無闇に闘わん男やし女には甘いからな、つくしちゃん相手に剣は抜かんやろ」

「そうですか……でも気になります。藤田警部補が一目置く剣客……」

「関わらん方がえぇで」

張さんが言うからには複雑な事情があるのだろう。
でも警部補が思い入れのある人物なら気になる。
私は出会える日が来ればいいなと望んでいた。


私は一日中、張さんと東京近郊を走り回り、情報を集めては現地確認を繰り返した。
あっという間に予定の時刻は過ぎ、藤田警部補へ報告する為、警視庁へ戻る。
既に空は暗く、星々が輝いていた。

欠伸をして眠そうな張さんと共に、警部補がいる資料室の戸を叩いた。

「入れ」

短く言う警部補の声は低くて渋くて恰好いい。
なんて思っている場合ではなく。
戸を開いた張さんの後に続いた。

「……で、今日もアジトは発見できずや」

張さんが報告をする間、うんうんと心で頷きながら、私の目は警部補から離れなかった。
警部補は話を聞きながら、何か他のことも同時に思案してみえる。
抱えている案件が大きいだけに、考えることも膨大なのか。
真剣だけど、どこを見ているか分からない目は少し……艶っぽい。

変なことを考えてしまった私がハッとして気を取り戻した時、張さんの報告が終わって警部補が口を開いた。

「だが連日の捜索の成果で対象範囲がだいぶ狭まってきたな。ご苦労だった」

「ほな、ワイはこれで〜。つくしちゃん、また明日っ」

ポンと私の肩を叩いて、張さんは部屋から出て行った。

「どうだ、張と回って問題なかったか」

「はい。張さん思ったより真面目な方なんですね、何回か『もういやや〜』と言ってましたが、ふふっ。最後まで先導していただきました」

「そうか。先輩らしく振舞っていたようだな、お前もご苦労だった」

労いの言葉が嬉しくて、えへへと密偵らしからぬ笑顔で首を傾げた。
一つ、気になった昼間の張さんの話。
抜刀斎。
藤田警部補に聞いてみたいけど、余計な話に違いない。

「どうした」

「いえ、張さんの話で……なんでもありません。警部補はまだ残られるんですか」

「あぁ、残務処理だ」

「手伝わせてください、私の為にもなりますし」

一緒にいられる口実になる。
雑談を交えて仕事をすれば、気になる抜刀斎の話が聞けるかもしれない。
それに帰っても一人の家はちょっとだけ淋しい。
了承してくださいと祈っていると、藤田警部補は首を振った。

「明日も今日と同じ任務を頼む。走り回るんだ、帰って寝ろ」

「お手伝いをして、終わってからここのソファで寝れば大丈夫です」

「阿呆、大丈夫じゃない。それにお前がいると煙草が吸えん」

「気にせず吸ってください、私が慣れます」

藤田警部補の眉間に皺が寄った。
少し粘りすぎたみたい。
反省して俯くと、ふぅと警部補の溜め息が聞こえた。
そして張さんにされたように、肩をポンと叩かれた。
張さんの時より、優しい力だ。

「気持ちだけもらっておく。帰れ」

「……はい」

上司を困らせてはいけない。
大人しく帰ろう。
明日に支障が無いと警部補が認めるほど、私にもっと体力があったなら。
何でも任せてもらえるように、自分の仕事をきっちりこなしていこう。
今、私に必要なのは帰って休息をとること。警部補もそれを望んでいる。

失礼しますと頭を下げて扉をくぐると、

「気をつけて帰れよ」

藤田警部補は気遣いの言葉をくれた。
少しだけ振り返って会釈をして、扉を閉めた。警部補が触れた私の肩には、じれったい感覚が残っている。

「一晩一緒に、か。なかなかに無防備な女だな」

私に見えない扉の向こうで、藤田警部補は一人口角を上げ、煙草に火をつけていた。
 
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