沖田総司に似た密偵の部下

□19.沖舂次は俺の部下 -sai-
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明朝、沖舂次は普段より早く家を出た。
昨夜の一睡のおかげか、さほど眠気もなく足取りは軽い。
朝露でしっとりと濡れた地面。朝もやで薄ら白く見える道を、駆け足気味で進んでいく。
夜を一人、警視庁で過ごした斎藤の顔が見たくてならなかった。

「怒られに、行っちゃおうかな」

頭の中は斎藤でいっぱいだったが、とある分かれ道で沖舂次は通い路を逸れた。
市中巡察を重ね、仔細を告げてくれない上司との合流を重ねて、人を探して歩くのには慣れていた。
沖舂次は、目的の人物を見つけて駆け寄った。

「緋村抜刀斎さんっ」

赤べこでの食事以来の再会。沖舂次は陽気にお道化て声を掛けた。
すると、緋村は身を翻して刀に手を掛けた。

「お主、沖田総司!」

「あっいえ」

一晩中、気を張りつめて斎藤を待っていた緋村は、霞の中で抜刀体勢に入った。
お道化てみせたのが余計だった。元より似ている声が、沖田総司の声そのもののように響いた。当の本人に気付く術はない。
慌てて手を振る沖田らしからぬ愛らしい仕草で、緋村は正気に返った。

「沖舂次殿」

「驚かせてごめんなさい、その……藤田警部補と待ち合わせをしていたのですよね、本当にすみません」

「へっ……ははっ、はははっ、そうか、斎藤の代わりでござるか。待ち合わせとはまた可愛いでござるな」

「あぁっ警部補の代わりじゃありませんっ、そのぉ、警部補には内緒にしてください、行くなって言われていたので」

余計なことを口にしてしまい、沖舂次は口を覆った。
斎藤の性格をよく知る緋村は、承知と笑った。

「そうでござったか」

「余計なお世話だと分かっているんですけど、緋村さん大丈夫かなって、気になってしまって……」

「拙者なら大丈夫でござるよ。斎藤によろしくと言いたいところだが、内密であればそうもいかぬな」

「すみません……」

「いや、舂次殿の顔を見て気が晴れたでござる。斎藤とは……縁があればまた会えるでござるよ」

「えっ」

「では拙者はこれで。舂次殿も達者で」

「はい、緋村さんも……」

まるで今生の別れのような挨拶に、沖舂次は首を傾げた。
命のやりとりが当然だった幕末を生きた者と自分では、別れが持つ意味合いが違うのか。

歩き出した緋村の足運びは速い。決して大きくない背中が、今は更に細く見えた。淋しそう、そんな言葉が当てはまる。どこか清々しいのに、淋しそうだ。
沖舂次は朝もやの中に霞んでいく背中を見送った。


 * * *


朝一番、俺と沖舂次は揃ってかけそばを注文していた。
警視庁で一晩を明かした俺の前に、沖舂次は晴れ晴れしい顔で登庁した。
そして昨晩の一方的な宣言を約束だと言い、朝飯で蕎麦屋へ行くことになったのだ。

「貴様の図太さは褒章もんだ」

「えへへっ、お褒めの言葉ありがとうございます」

「褒めちゃぁいない。だがその己に都合良い解釈も今回は成功だな」

「へへっ、また褒められちゃいました」

「阿呆」

でこでも小突いてやろうかと眉間に皺を刻み、俺は聞こえない舌打ちをした。

「斎藤さんは」

「貴様、その呼び名で俺を揶揄っているのか」

注文の品を待つ間に、前々から気付いていたコトを指摘した。
気にしているわけではない。ただ気付いた変化を指摘したまでだ。

「違いますよ! 慣れが必要だって仰ったじゃありませんか。それに張さんは警部補を斎藤の旦那とか、斎藤のオッサンとか呼ぶじゃありませんか」

「張は勝手に周りの状況から俺の名を斎藤だと判断し、呼んでいるに過ぎん。お前は藤田五郎として出会った筈だが」

「運命的なことを仰いますね」

真顔で小声で、本気で喧嘩を売りたいのか。
俺は呆れた顔で睨むが、沖舂次は悪びれる様子もなく口を尖らせた。

「冗談です、本気にしないでくださいよ」

俺は更に睨んだ。

「私、警部補に沖田って呼ばれる夢を見たんです、背中合わせで闘ってて」

俺は睨み続けた。
話を変えたな。勝手に妙な夢を見やがって。だが夢を見るのは人の勝手か。それより人の話を聞け、いや、人の考えを読む気は無いのか。腹の内を少しは探ってみろ。質問の意図が気にならないのか。とは言え、今回は単に変化を指摘しただけ。こだわる必要もない。

「変なコト訊いてもいいですか」

完全に話が逸れて、俺は呆れの顔で片眉を浮かせた。

「私、幕末に生まれていればもっと斎藤さんのお力に、沖田さんのお力になれていたんでしょうか、斎藤さんも仰ってましたよね」

「本当に阿呆な話だな」

「阿呆じゃありません、ちょっと変わっているだけのお話です」

「まぁその姿だ、沖田君の影役として活躍できたかもしれんな。存外非情な男だったからな、斬られ役御苦労とでも言われただろう」

「ひっ、斬られ役……死ぬ為の……影役ですか」

あぁ、と煙草を咥えて応じた。
沖舂次の顔から血の気が引いて行く。
顔色がころころ変わるようでは影役は無理だ。訓練次第では使えるかもしれんが、沖田君ほどの冷静さを備えるのは難しかろう。
俺は咥えた煙草を揺らした。

「まぁ君ほど影役の適任者はいない、とかなんとか言ってお前を鍛えただろうな、沖田君が直々に。沖田君のシゴキは死ぬより辛いらしい、良かったな、文明開化の明治育ちで」

「は、はぃ、そう思います!」

青白い顔で沖舂次が頷いたところで、かけそばがやってきた。
沖舂次は血色の良さを取り戻して手を合わせる。何事も無かったように、ずるずると蕎麦を啜り、勢いよく半分程食べたところで、思い出したように口を開いた。

「そう言えば、今朝、ひ・・・っ」

ひ、むら。

言葉を飲み込んだ沖舂次の顔に、そう書かれていた。
 
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