沖田総司に似た密偵の部下

□20.男臭さ、煙草臭さ
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「つくしちゃんがワイを飯に誘うなんて珍しいなぁ」

「斎藤さんは、うどんより蕎麦ですから」

沖舂次は斎藤と蕎麦屋へ出向いた朝、昼には、張を食事に誘っていた。うどんが食べたいという嘘を口実に、張を連れ出した。
世話になった張と別の任務に就くと考えただけで、淋しかったのだ。

長期任務に出れば暫く会えない。
自分の為に残ると言ってくれた張を置いて行く気がして、胸につかえを感じていた。

しかし張は沖舂次の今後の身の振りと今の気持ちを聞くと、ただただ大きく笑った。
気にするなと沖舂次を元気づける。お調子者の張のいいところ、前向きな性格と、あれこれ引きずらないところだ。

「あの、今日は私が払います」

「なんでや、アカン、アカン。これでもワイは先輩やで、金に困てるわけでもない、自分の分は自分で払え思てたけど、今日はワイが払うわ」

「張さんっ」

別れの挨拶のつもりで食事を奢ろうとした沖舂次は、張に牽制されてしまった。
机の上に肘乗せ、これ以上言わさへんでと身を乗りしている。

「つくしちゃんが払う言わんかったらワイ、自分の分しか出してへんで、……まさかワザとなんか? せやったら策士やな」

「違います! あの日、もう行っちゃう気でいた張さんが思い留まってくれたから! それなのに」

それなのに、張さんを置いて行ってしまうから。
沖舂次は唇を噛みしめた。

「気にせんでぇな! ワイ、偉いなぁ、えぇ先輩やわ」

支払う際、張は自画自賛をして沖舂次が気遣わぬよう振る舞った。
それでも警視庁に戻る道中、しょぼくれた様子で俯く後輩。
張は、やれやれと頭を掻いた。

いつもの資料室に戻り扉を開けるが、重苦しい静けさが漂っている。部屋は空だった。
二人は揃って斎藤の定位置を視認していた。

「しっかしオッサンと二人なんてキッついやん、ワイなら一緒に来い言われてもお断りや」

「私は、まだまだ半人前なんです。張さんは経験豊富で一人前って斎藤さんが」

「そんなコト言うかいな、あのオッサンが。でもまぁ、指示は有れども自由に動けるんはありがたいで。オッサンの監視下からも離れられるんなら一石二鳥」

「私は張さんと離れるの淋しいです」

「おぉ、嬉しいこと言うてくれるなぁ」

明るさを貫く張、勢いで沖舂次の背中を叩くと、力なくよろめいた。
これくらいでへこたれて大丈夫かと周りを不安にさせるほど、沖舂次は別れを惜しんでいた。

「今すぐ出立して永遠に会えへんわけやないし、元気だしぃな」

「はい……今暫くは東京って言ってました。すべき事を、済ませておくぞって」

「すべき事、なぁ。……餞別に、ワイの刀見せたろか」

「えっ」

「ワイのこれくしょんや。おもろいで、ここは狭いし、廊下やったらえぇやろ」

「廊下、せめて外に出ましょう」

「面倒やろ、人がおらん廊下やったら問題ないて」

片目を瞑り、「なっ?」と首を傾げると、張は肩を揺らして歩きだした。
面白いコレクションで可愛い後輩の元気が出る。先輩としての完璧やなとの満足心に加えて、久しぶりに自慢の刀を披露できる喜びで浮かれていた。

資料室を出て角を折れて出たのは、ひと気が無く天井の高さも十分な廊下。
そこで張は「ほいっ」と背中の二振りを抜いた。仕掛けを外し、鍔と柄をそれぞれ半分落とす。手に残ったものを組み合わせると、二振りの鍔と柄が隙間なく接合し、一振りとなった。

「刃は二つ、これが連刃刀や。どや、おもろいやろ」

張はどうや!と連刃刀を高く掲げた。
自慢の髪型と並び、天を指している。

「は、はぃ、凄いです! 機巧がある刀なんて初めて見ました。なんだか扱い難しそうですけど」

「慣れるまでは持つんが大変やったわ。でも慣れたら最高! 刃は一回抜刀斎に砕かれたけどなぁ、機構部分の鍔は無事やったさかい、修復に出したんや」

「へぇ、お気に入りの作りなんですね」

「おうよ、コイツで斬ると傷口の縫合が出来へんから効くでぇ」

「ひえぇ、怖いですよ」

思い切り振ると、刃一本の刀とは異なる風切り音が響く。
沖舂次は身を縮めた。
気を良くした張は大きな音を立てて縦横無尽に連刃刀を振り回す。最後に刃先で空中にぐるりと巨大な円を描いて、刀を下ろした。

「ほな、次な」

連刃刀を二振りに戻して背負い直すと、張は突如腰の太革帯を外した。続けて上着を脱いで太革帯と共に一纏めにする。連刃刀も一緒だから大荷物だ。
 
「持っといてぇな」

「わわっ、何で脱ぐんですか!」

「次の刀、ここにあんねん」

張は得意気に腹を指差した。またも片目を瞑っている。
僧帽筋から三角筋、大胸筋と露見した上半身は剣客らしく発達した筋肉で覆われている。
沖舂次は感心して張の体を見るが、羨ましさも感じた。

「コイツは危ないで、つくしちゃん、ちょっと下がっときぃ」

沖舂次は言われるがまま壁際に後退し、身を守るように張の荷物を抱えた。
張が指差した腰には少し変わった色の晒が巻かれているだけだ。

「薄刃乃太刀」

そう言って、張は腹に巻いた薄い刃の刀を解放した。

「薄くて変幻自在やで、おもろいやろ! 何か斬りたいなぁ!」

「ここじゃ駄目ですよ!」

天井の豪華な飾り木、床には絨毯、壁際には壺も飾られて、貴重な石油洋燈も視界に入る。
沖舂次は慌てて張を止めた。

「後始末がしんどいからな、怒られんのもいややし、せぇへんせぇへん」

沖舂次が安堵して力を抜くと、

「これでも"こんとろぉる"には自信があるんや!」

と言い放ち、張は薄刃乃太刀を空中で旋回させた。連刃刀とは異なる鋭い風切り音が鳴り響く。
しないと思ったのにと、青い顔で沖舂次は更に体を縮めた。自由に空中を泳ぐ刃。今にも切っ先が飛んできそうだ。

「もう分かりました張さん! 凄いです! 分かりましたから! 斎藤さんに見つかったら怖いですよ!」

「斎藤の旦那は変なトコロで真面目やからな、人を殺すんは自分の仕事や言う割には」

「えっ、そんな事を」

「せやで、ワイかて斬りたいのに、美味しい仕事は全部旦那や」

「全部……張さんも、斬りたいんですね」

「つくしちゃんは斬りたなさそうやな」

「えへへっ、必要に迫られたら斬りますけど、無闇には」

「ほぉん、ま、実戦で躊躇せんようにな。命取りになるで」

「はい、心に留めておきます」

「おぅよ」

嬉しそう言い、張は薄刃乃太刀を元のように腹に巻いた。
もっと遊びたいと顔に書いてあるが、機嫌は良い。
 
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