警視庁恋々密議

□2.同僚以上、対等未満
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斎藤一、元新選組三番隊組長。
京で活躍する日々、浮名を流すことは無かったが、それなりの女を相手にしてきた。玄人の妓はもちろん、町娘も幾度か相手した。
戦が始まりそれどころでは無くなる日まで、目立たぬよう騒がれぬよう相手を口説き、堕ちた女を抱きたいままに抱いた。

東京府、警視庁。
色と無縁のこの場所で、斎藤は久しぶりに女を口説いていた。と言っても露骨に誘っているわけではない。

同僚となった苗字夢主。
夢主が嫁入り話を拒み続けた話を聞いた。自分より弱い男は論外、すなわち強ければ可能性がある訳だ。面白いと興味を持った。

夢主は女一人、会津戦争で奇襲戦を繰り返していた手練れだ。
先日、偶然にも斎藤が扱う牙突・四式と同じ技を見せた。

驚いた斎藤は、俄然夢主に興味を抱いた。
見れば見るほど惹き付けられる。
会津武士らしく実直で堂々として、更には会津の女らしく凛として気丈な振る舞いを見せる。肢体も仕草も美しい。制服の下はさすがに分からないが、それもやはり美しいだろうと、密かに男心を動かしていた。

密偵らしく普段は冷静沈着。だが、斎藤が絡むと妙に頬を紅潮させる。その理由は当人も説明できまい。
存外、夢主の許容範囲に俺はいるのではないかと、思わされる。

斎藤が夢主に「俺が勝ってやろうか」と告げて以来、二人は時々、互いを色恋相手のように意識する瞬間に襲われた。

ある時、俺と勝負する気はあるかと斎藤が訊ねると、夢主は本音を探れず、ぷいと顔を背けた。

「だいたい貴方、妻子がいるって聞いたんだけど」

「あぁ表向きはな」

「どういうこと」

斎藤は、長い息を吐いて紫煙を燻らせた。それから、長い話を始めた。

会津に、誰のもとへも嫁ぐ気のない女がいた。
それなりの家柄の出で、金にも困っちゃいない。才女だ、食い扶持もある。
だが年頃、いや、世間的には婚礼に適した齢を越えていた。女の周りは早く嫁げと煩く、それを知ってか面倒な男が寄って来る。
幸か不幸か見目好い女でな、条件も良いとあれば男共は放っておかん。断わっても追い払っても次々言い寄って来たらしい。

そこで女は世話人である男に、どうしたものかと相談をした。
その男は俺にとっても縁深い男でな、京都、会津、斗南と散々世話になった男だ。

その男が俺に目を付けた。
ほとんど家に帰らぬ俺は"てい"のいい夫役だ。
顔を合わせる必要もない。存在してさえいればよい。。
俺も恩返しのつもりで引き受けた。所帯を持つ気はなかったからな。それで会津の女が一人救われるならば構わん。

女は戦争孤児を引き取って育てている。俺が父親という話になっているが、血は繋がっていない。
そもそも、その女を抱いた覚えは無いからな。

「ぶっ、ちょっと……」

唐突な告白に夢主が吹き出すが、斎藤は話を続けた。

家に来なくて良いと言われたが、さすがに何度か様子を見に立ち寄った。
だが言葉通り、俺の居場所は無かったよ。会津の女は筋が通っているな。礼儀的な挨拶を済ませた後は、微塵の隙も見せなかったさ。

俺も男だからな、幾度かは試みた。女として抱ける相手かどうか、と。
結果は話した通り、全く相手にされず、名前を貸しているだけの夫だ。

女も、話を取り持った男も全て承知。俺が余所に女を作っても構わないと。
そりゃあそうだ、女は男を拒む為に俺の名を使っている。当然、俺の相手もお断り。互いに名前だけ、一切干渉せず互いの人生を全うする。

「お預けされたって、こと」

「阿呆、話を聞いていたか。お預けとは欲するものを待たされる状態。俺は待っちゃいない。まぁ、強いて言うならお預け状態が始まったところか」

「そうなの」

「そうだろ、お前は応じる気が無いんだろう」

「えっ?」

お前だよ、と斎藤は顎で夢主を示した。
途端に動揺して顔を赤らめる。

「お前、冷静に見えてなかなか顔に出すな」

「ち、違っ、私、冷静沈着で通ってるのよ、全部貴方のせいでしょ!」

「そうか、光栄だな」

クククと笑う斎藤に、夢主は呆れたと溜め息を吐いた。
赤い顔を逸らして、自分は冷静よと腕を組む。

「まぁ、そんなだから俺は誰を誘おうが関係を持とうが咎める相手はいない」

「だ、だからっ、何でそれを私に言うの、そこまで聞いてないわよ!」

「そりゃあ、お預けの相手だからだろう」

「や、やめてよね、ホント馬鹿にしてるでしょ!」

「馬鹿にする相手を口説きはせんよ」

フッと笑い、斎藤は持っている煙草の最後の一吸いを済ませた。
もう短い。机上の灰皿に、煙草を捻じりつけた。

「お前、口説かれたことが無いのか」

「どうでもいいでしょ。冗談じゃないわ、口説くって、女を馬鹿にすることよ」

「ほう」

斎藤は驚いたなと一呼吸置いた。
夢主は何度も男に口説かれている。だが本人はそれを侮辱されたと受け取っている。
これまで夢主を口説いた男達の本音は不明だが、一人や二人、本気の男もいただろう。
こいつは先が長そうだ。

斎藤はもう一本吸おうと煙草の箱を探った。

「お前も吸うか」

「煙草は吸わない。構わないで」

「……昼飯は」

「……まだよ」

「行くか?」

「……行く」

煙草を探るのをやめて、斎藤は頷いた。

仕事の相棒は会津の鬼、女剣士で敏腕密偵。偶然にも同じ剣技を習得している。
斎藤は夢主の下半身を見た。さすがに女の脚で他の牙突は無理か。撃てても威力は半分程度。だが四式を撃てるのは、正確無比な剣の技量があるからこそ。
面白いじゃないか。いつか手合わせをしてみたいもんだ。

ひとまず任務の相棒として協力すべし。
後のことは、どうとでもしてみせる。

この日、昼飯の蕎麦を奢ろうとした斎藤は、馬鹿にしないでと怒った夢主に、こっぴどく罵られた。
 
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