警視庁恋々密議

□3.悪態、温厚、藤田五郎
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「お前、相当口が悪いな」

「貴方に言われたくないんですけど」

普段の夢主は言葉が美しい。それが乱れるのは斎藤のせい。
売り言葉に買い言葉、言い返すうちに言葉は乱暴になっていく。

「そばにいたらどんどん口が悪くなりそう」

「十分悪いと思うが」

ニッと笑む斎藤に、夢主はムッと口を尖らせた。


二人は協力調査を指示された。その指示書に目を通して、夢主は機嫌を損ねていた。
男女のつがいで行動せよ。当然、女役を言い渡された夢主。警視総監に直談判に行ったか、すげなく却下された。

「なんで、そんなの町の協力者に頼んで私達が陰から警戒すればいいではありませんか!」

「協力者が増えれば秘密が漏れやすくなる。手間も増える。お前達で済むならことは早い」

御尤もです。返す言葉なく、夢主は不満ながら任務を了承した。


任務を承服した二人は、任務の為に制服を脱いだ。
着るのは西洋の正装。とは言っても、今日はまず訓練だ。服装に慣れて、必要な振る舞いを覚える。
特に訓練が必要なのは夢主だった。制服とほとんど変わらない斎藤と異なり、夢主は体の線が現れるドレス。着用して動いてみると、全てが違って感じられた。一番大きな変化は足もと。靴についた長いヒールは姿勢を崩させる。夢主は顔を歪めた。

着替えを終えた二人は、互いの姿を品定めした。
仕込み刀を携帯できる斎藤に対して、夢主の服装は帯刀出来ない。不満を訴えてスカートを持ち上げる夢主を見て、斎藤は感嘆の声を上げた。

「似合うじゃないか」

「馬鹿にしてる」

「しちゃいない」

素直に褒めただけだ。斎藤は眉間に皺を寄せた。睨みそうになり視線を下げるが、運悪く、逸らした先には夢主の肌が広がっていた。ドレスによく見られる意匠、大きく開いた胸元。
自らの運の悪さに舌打ちをした直後、夢主が殴りかかってきた。

驚きと、予想通りだという考えが入り混じるが、斎藤は反射的に拳を掴んでいた。
夢主の顔が赤くなる。腹立たしい。安直な行動に出た自分も、厭らしい視線も、軽々と拳を制してくるこの男も腹立たしい。

八つ当たりでも何でもいい、右手を諦めて左手を挙げたら、見事に頬を叩いてしまった。

「なんで避けないのよ」

「……冷静さを欠いたんだよ、悪かったな」

避けなかったんじゃない、避けられなかったんだ。斎藤はフンと鼻をならした。

「貴様がそんな顔をするからだ阿呆。会津の鬼がなんて顔しやがる」

初心な娘みたいに恥じらうなと、睨みつけた。

「鬼じゃないわよ! 女子供を虐げる男共のほうがよっぽど鬼でしょ!」

斎藤は黙り込んだ。
夢主は男に憎悪に近い感情を抱いている。会津では婦女子も散々な目に合った。合わせたのは新政府軍の男共。男、その事実一点が夢主に怒りを与えているのか。
斎藤は夢主の拳を抑える手を離した。

「俺はせん」

殴りたいならば続けろとでも言うように、力みを解いて立っている。
今度は夢主が黙り込んだ。じっと睨み上げている。

強張った時が流れてやがて、夢主は溜め息と共に視線を落とした。
斎藤は、やれやれとばかりに支度を再開した。夢主に背を向けて自らの洋装の着込みを整えている。

「刺すわ」

「何?」

「貴方が女子供を虐げたら、私が貴方を背後から刺す。卑怯で結構、鬼畜な男にはお似合いだから」

「構わんぞ。だが勝手に決め付けるなよ。壬生狼だろうが鬼畜だろうが卑怯だろうが構わん。だが、下衆な男と一緒にするな」

斎藤は自らの襟を引っ張り形を整えた。
女を襲う下衆と一緒にするな。女子供、守るべき存在であって、手を下す相手ではない。泰平の世を守る為に刀を振るう己を侮るなと、きつく睨んだ。

あまりに真っ直ぐな眼差しに、夢主が俄かにたじろぐ。
今度は斎藤が溜め息を吐いた。深く長く、息を吐き終えると、斎藤は表情を一変させた。

「さぁ、始めましょうか」

「何のつもり」

「紳士をお望みなのでしょう。密偵藤田五郎、潜入仕様で参ります」

斎藤は、不気味にも感じる柔らかな笑顔を湛えた。弓なりに微笑んだ目、にこやかに持ち上がった口角。
手を出して、エスコートを訴えている。
夢主は恐る恐る、斎藤の手を取った。

「では、夢主さん、始めますよ」

「え、えぇ」

悪態吐かれる方がましだったかもしれない。夢主の顔に、そう書かれていた。
 
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