警視庁恋々密議

□4.お手並み拝見
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夢主と斎藤が進める任務の仕込み。
それはダンスの習得だ。

秘匿任務につき外部から講師を招かずに行う。署内で適任者を指名しても良かったが、斎藤が心得があると指導を申し出たのだ。夢主に一対一で指導する。
納得いかない夢主は、本当に心得があるのか、先んじて見せろと要求した。

求められた斎藤は、軽々と手本を見せた。
誰かを抱くように腕を浮かせ、堂々とした足捌きを見せる。
足の動きが重要だと見た夢主は、これじゃ剣術の稽古と変わらない、問題無しよと密かに笑った。
だが、斎藤が大きく床を撫でるような足運びで回った瞬間、腕の中に女が見えた気がして、息を呑んだ。斎藤は確かに女をエスコートして見せたのだ。

夢主は仕方なく斎藤の指導を受け入れた。
手を重ねると、皮肉にも手の大きさの違いを思い知らされる。足掻いても越えられないもの、肉体の差。胸の奥が靄がかる。

「踊れるのは分かったけど、何で貴方が踊れるのが不思議だし何か不満」

本音を言うと悔しい。夢主の頬が微かに火照っていた。
自分に無いものを持つ斎藤への羨望。それと、一瞬だが見えてしまった斎藤の色気。斎藤を美しいと感じてしまった。存在しない女と踊る姿が、艶めかしかった。

「どうしてだと思いますか?」

「その潜入仕様って言うの、藤田五郎の笑顔やめてくれない、集中できないんだけど」

にっこり笑顔を保つ斎藤に対して夢主は顔を顰めた。
やりにくくて仕方がない。そんな態度に、斎藤もこれでは俺がやりにくいと普段の顔を取り戻した。

「まぁ、何度かそう言った場の警護や潜入捜査に当たったからな。少々だが覚えがある」

「少々で大丈夫なの」

「面倒な手ほどきは受けたぞ。まぁ見ただけで覚えたがな。乗り切って来れたんだから大丈夫だろう。最後は踊りより勘と洞察力、剣術体術がものを言う任務だ。ほら、女の方が難しいらしいからな」

「分かったわよ」

斎藤が言い放ったでたらめを信じて夢主が渋々体を寄せた。基本体勢を教える為、斎藤が夢主を力強く引き寄せる。

夢主は厭味のつもりで、にこり、淑女を演じて微笑んだ。斎藤は藤田五郎の笑みを返す。
ドレス姿でその微笑み、さまになっているじゃないか。言ってやりたいが、また馬鹿にしてと怒らせそうだ。指南を進めたい斎藤は、黙って夢主の腰に手を回した。

挑発的な夢主の微笑みがピクリと動く。夢主は妙な気分になっていた。
今しがた目にした、斎藤と見えない女の踊り。あの女の影の場所に自分は立っている。自分はあんなに艶やかではないのにと感じる引け目。だが、すぐにあれは幻、艶やかは自分には不要だと我に返った。

「背筋はこうだ」

夢主のドレスは背中も首の下が大きく開いている。手袋をしているとは言え、触れられるのは不快だ。
斎藤の手が腰から背中へ、肌に触れたところで夢主は「やめて」と体を捩った。

「わざとでしょ」

背筋に添って動く手付きの厭らしさ。体を捩ったのは、背筋に走った悪寒を誤魔化す為だった。悪寒、いや、悪寒とも違うおかしな感覚を夢主は嫌ったのだ。
不要な動きだと訴えられた斎藤は、何食わぬ顔で首を傾げた。

「姿勢が大切、背骨を意識する。剣術もそうだろ」

「……嘘だったら許さないわよ」

「素直に動けよ」

やめるか? と斎藤が両手を大袈裟に開いて見せた。任務放棄したいなら構わないぜと、煽っている。
夢主は続ける意思を示し、斎藤が触れやすいよう脇を開いた。長い腕が音もなく夢主を引き寄せる。

「こんなにくっつく必要があるの」

「それが基本だ」

「ここまでしなくても、貴方の動きを見るだけでも、今まで貴方が何とかなったのなら私だって」

「踊る時は、口を閉じた方がいいぜ」

「ちょっと」

お喋りな口だなと、斎藤は顔を寄せた。夢主が唇が触れると感じるほど近く、息を感じるほど熱い。驚いた夢主は言葉を失った。

「ククッ、そうだ、それでいいぞ」

真っ赤な顔で、夢主は斎藤を睨みつけた。

「右手は俺の手を握り返せ。左は俺の腕に預けるように乗せて肩に触れろ」

むくれていても黙って従う夢主に、斎藤が小さく頷いた。

「いい子だ、上手いぞ」

「もぉっ」

揶揄われた夢主は、斎藤の肩に乗せていた手を伸ばして、頬を殴った。
 
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