警視庁恋々密議

□6.熱々茶豆
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斎藤が京都から連れ帰った男、元十本刀の沢下条張。
警視庁で夢主と顔合わせをする日が訪れた。

朝一番、指示に従い張は一人、警視庁を訪れた。
普段と変わらぬ出で立ちで、すれ違う警官達から好奇の目を向けられるが、お構いなしに廊下を突き進む。
待ち合わせ場所は資料室。扉の前で簡潔に名乗り扉を開くと、中では斎藤が長椅子にどっかりと腰掛けて、長い足を見せつけていた。

張の顔が苦々しく歪む。相手が部下とは言え、人を迎える斎藤の態度から、この先自分の身に降りかかる苦労が窺えた。

片やもう一人の先人、夢主は立って張を出迎えた。
勝気そうな立ち姿は、駒形由美や本条鎌足を思わせる。懐かしく、好印象を抱く張だが、今日の顔合わせを知らなかった夢主は、張を見るなり斎藤に不信の目を向けた。

町では見かけぬ金色の髪。頭の上に逆立つ髪型も珍しい。
喧しい柄の着物に、体中に妙な物を纏っている。
武器だろうと見当は付くが、役立つのかは疑問だ。見栄えだけの武器で体を飾る馬鹿なのか。
夢主は腕を組んだ。

「ねぇ、その人、誰?」

「沢下条張、新しい密偵、小間使いみたいなもんだ」

「誰が小間使いやねん!」

「小間使いね」

それなら戦力外でも納得だわと、夢主が頷く。斎藤もそうだなと頷いた。

「納得すな!」

「それにしても見事なホウキ頭ね」

「誰がホウキや!」

「あぁ、見事なホウキ頭だな」

「同意すな!」

なんやなんや、と張が二人を見比べた。
二人揃って張の姿をしげしげと観察している。じっくり、じろじろ見ている割には、面倒臭そうで、張に文句を付ける目をしている。

張が京都の警察署で受けた取り調べ。相手は斎藤だった。最悪の男やな、そんな感想を抱いたが、司法取引の結果、張はその最悪な男の手助けをする事になった。

首を斬られるよりは良いと引き受けた仕事だが、東京へ来て、自分の考えを疑っていた。

「斎藤のオッサンが二人おるみたいやな、最悪やで」

「ちょっと、誰がオッサンよ!」

「見てくれは別嬪さんかて、口の悪さはオッサンそっくりやないか」

「失礼ね!」

「なんや、夫婦で密偵しとるんかい、それくらいそっくりやで〜〜、ホンマ当てられるわ」

「夫婦じゃあ、ないっからっっ!!」

おぉこわ……。
夢主の余りの迫力にたじろぎ、張の声が掠れる。これは禁句やな、と学びを得た。上司二人は面倒な関係にあるらしい。

「ククッ、早速だが張、任務だ」

「ほいな、ここにおるよりはマシやさかい、行ってきまーす」

斎藤がここへ行けと資料を渡すと、張はそそくさと部屋を出て行った。
賑やかだった部屋の空気が一気に落ち着く。
夫婦と言う言葉に過剰に言い返してしまった夢主は、場の空気が変化して安堵した。密かにフゥと息を整えた。

「行っちゃった、あっさりした人ね」

「逃げたんだろう」

「貴方から?」

「お前からじゃないのか?」

「もう!」

「ハハッ、怒るな。ちょっと待ってろ」

「えっ」

「お前は出て行くなよ」

斎藤は夢主に念押しして部屋を出て行った。
なんなのと首を傾げる。しかし、一人になれたのは幸いだ。張の言葉一つに動揺した自分を省みる時間になる。分かりやすい反応をしてしまった。密偵らしからぬ失態だ。

「それにしても、あの人はどこへ行ったのかしら。待てと言うんだからすぐに戻るのよね」

夢主は長椅子に腰を下ろして、足を組んだ。
夢主が斎藤と初めて仕事をして以来、川路は二人にまとめて任務を下すようになった。
結果、二人でこの資料室を使っている。その空間に、あの喧しい男が加わるのか。
何気なく室内を見回して、視界を落とした。視界に入るのは自らの足。

「……」

先程ここに座っていた斎藤の、足の長さを思い出して一人口を尖らせた。
背が高いんだから足だって長くて当たり前。
一度は納得したが、立ち姿を思い出すと、またも不満が沸き起こった。文句を付けたいが、斎藤の姿に対して文句が浮かばない。悔しいが、肉体に目立った欠点が無いのだ。

「体つきは、結構……いいのよね」

無駄のない引き締まった体。好みだ。

「違う違う!」

夢主はふるふると強く首を振って、考えを否定した。
その姿を、戻ってきた斎藤が見ていた。

「何が違うんだ」

「ぁあぁっ、何も違わないわ、ううん違う違う! 違うのよ!」

「よく分からんが、ほら。飲め」

「え……っと」

斎藤が差し出したのは西洋の陶器、茶豆が注がれたカップだ。
白く素朴だが、中の茶豆の色を良く惹き立てている。
カップから上る芳しい香りが、夢主の鼻を擽った。
 
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