警視庁恋々密議

□8.一本勝負は拒めない
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大量の書類を仕上げて訪れた、束の間の休息。
斎藤は深夜考えていたことを提示した。
どちらが強いか。一度の勝敗で決するのではなく、小さな一本の積み重ねではどうだ、と。

「お前より強いと証明せねばならんのだろう」

「勝負、するの」

「嫌か」

「負ける気は無いし、いいけど、でもここで、今?」

夢主はおもむろに刀に触れて、室内を見回した。

窓から見える庭、庭なら広さがある。だが丸見えだ。面白いとばかりに人が集まるだろう。
万が一にも勝負の先に男女の営みが掛かっていると知られたら、勝ったとしても警視庁に通えなくなる。面倒な決闘の申し込みが増え兼ねない。

「わかったわ、抜刀勝負にしましょう」

「抜刀勝負?」

限られた空間で行う、勝敗が明確な一本勝負。抜刀の疾さを競う。

「俺は刀は左が得意なんだが」

「あら、じゃあ抜刀は苦手なのね、ふふっ」

「阿呆が、貴様に勝つ程度には抜くさ」

いつも抜刀後に刀を持ち替える斎藤、抜刀勝負は、刀を抜いた状態からの勝負よりは不利。
事実であれ、不利を認めるのは快からず。それに、そこらの剣客よりは疾い。夢主の抜きの疾さに興味もある。
斎藤は抜刀勝負を了承して舞台を整えた。

書類業務で座り続けた椅子を二つ移動させ、互いの抜刀の邪魔にならぬよう向かい合わせにして置き、距離を調整する。それぞれの背凭れの上に、煙草を一本ずつ立てた。

「抜いたらコレを斬るわけね、面白い」

「合図は」

「これが落ちたら」

「よし、投げろ」

銭貨を手にした夢主、斎藤に行くわよと見せてから、指で弾き上げた。

回転しながら銭貨が上昇する。即座に鍔を押す二人。神経を研ぎ澄まして落下を捉える。
硬い着音と同時に、二本の煙草が切断された。

「私の勝ち!」

「同時だ」

「私の方が疾かったわ!」

「判定を下す者がいるな」

紙一重の差で夢主が疾かった、斎藤もそんな気がしたが、不明瞭だった。
体躯の差、腕が短い分、夢主の方が抜刀から目標への到達までが短いのかもしれない。
そんな考えも起こるが、確実な結果でなければ受け入れられない。腕が短いから勝てたとは、夢主も素直に認めたくないだろう。

「張君がいる時がいいわ、張君が戻ったらもう一度よ」

二人の勝敗を判定するのは、降り始めの雨の一滴を探すより難しい。
斎藤と夢主が見えなかったものが、張に見えるだろうか。判定に集中しようが目を凝らしても見える筈がない。
しかし、斎藤はそれが良策だと頷いた。

「いいだろう」

張の上役は斎藤であるが、夢主も張にとっては上役のようなもの。
二人の上役、張がより恐れているのは斎藤一。
自覚がある斎藤は、卑怯と言われるのには慣れていると、予想される罵りを受け流した。

乗り気で張の帰りを待つ夢主。
戻ってきた張にとっては不運だった。資料室に戻るなり判定役を押し付けられたのだから。

「重要な役目よ張君、しっかり頼むわね」

どちらの勝ちを宣言しても、一方からは睨まれる。
貧乏くじが確定しているのに引き受けなければならない。
理不尽や、と張はぶつぶつ文句を言いながらも、煙草が立つ椅子の直線上に立った。

「なんでワイが判定なんかせなならんのや」

「何か言った?!」

「いぃいいや、なんでもあらへん! おう! 任しときぃ! おもろいやないか!」

適度な距離を取り、目を凝らして判定を下す。
合図の銭貨、今度は張が投げた。

音が届くより疾いのではないかと思う程、二人の抜刀反応が疾かった。
煙草が切れた瞬間を、張は確かに見ていた。けれども、二人の人間離れした反応速度に驚いて、気が散っていた。

「どっち、張君!」

夢主が刀を持ったまま詰め寄る。
えぇっとなぁ、と口に出しそうになり、張は唾を飲み込んだ。
迷いを見せたら終わりだ。しっかり見届けたと、堂々と結果を告げなければ、敗者から受ける八つ当たりが激しくなるだろう。

「さ、斎藤の旦那や、間違いない」

「嘘!」

斎藤は張の顔を見るやニヤリとして、真新しい煙草を咥えた。
勝利の一服と言わんばかりに紫煙を燻らせる。

「ちゃんと見てたの、張君、見る角度が悪かったんじゃないの?!」

「な、なんや、ワイはちゃーんと見てたで! 僅差でオッサンや!」

「フフン、だ、そうだが。認めるのは嫌か」

駄々を捏ねるのかと言われたようで、夢主は言い返せなくなってしまった。
 
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