-短篇

明】花火
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「一さんは元服した頃から……変わってないんじゃありませんか、そんな気がします……」

先程返しそびれた言葉。
斎藤が老いを語ったが、夢主には斎藤の老いが見つけられない。
確かに少し、前とは違う。だけどそれだけのことなのだから。

「それに比べて私、自分でも分かるくらい歳を取っちゃいました」

花火に目を向けて気を逸らす夢主だが、無意識に顔に手を当てていた。
自分でも分かる肌の変化は現実を突きつける。
しかし斎藤はそんな夢主を笑い、手を伸ばした。
顔を見せろと言わんばかりに夢主の手を握り、下ろさせる。

「阿呆、何も変わらん。むしろ今のお前が一番いい、昔に戻られても困るぞ」

顔を覗いた斎藤は、フッと笑って見せた。
少し増えた皺が渋みを深める斎藤のしたり顔。
夢主はふふふと笑った。
自分も今の斎藤が一番好きだ。斎藤も同じ感覚でいてくれる。

本音を聞かせてくれた斎藤に、夢主は頷いた。

「はい、私も今の一さんが一番大好きですから」

告げられた斎藤は照れ臭そうに少し眇めてから目を逸らし、寄り添う体を更に近付けた。
屋根から夢主が落ちぬよう、背後にそっと手を回す。

「後は死ぬまでお前との時間を楽しむさ」

「ふふっ、嬉しいです。でもどこかに行きたくなったら、遠慮しないでくださいね」

夜空が光り、乾いた音が鳴る。
見慣れた橙の花火に続き、彩り鮮やかな花火が上がった。

「綺麗ですね……」

「……あぁ」

夢主が好む美しい景色の中、微笑みが儚げに揺れた。
一番近い存在が、消えてしまいそうな儚さを纏っている。
斎藤は背後に回していた手を戻し、夢主の手を捉えた。

あっ、と気付いた夢主を見つめ、細い指先を慰めるように何度か撫でて、それからしっかりと手を握りしめた。
どこへ行こうが大丈夫と言った夢主こそ、どこかへ行ってしまいそうではないか。
斎藤はどこへも行かんし、どこへも行かせんと瞳で語りかけた。

「一さん……」

「フッ、まぁどこか二人で旅に出るのも面白いかもな」

「旅……そうですね、二人で旅、横浜へ行った記憶ぐらいです。あと京都を歩いた記憶……」

「あぁ、おかしなもんだ。互いに様々な地を歩いたと言うのに。陸蒸気で横浜に行ったきりか」

「楽しかったです。それにこの町も好きですから、楽しい思い出がいっぱいですよ」

「ククッ、まぁ全部俺のせいさ。これからは時間がある。冗談ではなく」

本当にお前との時間を…………。
斎藤は掴んだ手を離し、夢主の頬に手を置いた。

会話の間も止まぬ花火。
とりわけ大きな花が夜空に咲いた。
遠くで聞こえる歓声がおさまると、途端に空気が凍ったように静まり返る。
見つめ合う二人の静寂を、夢主の小さな照れ笑いが打ち破った。

斎藤の目元が緩み、そっと顔が近付く。
二人きりの空間で触れ合う唇。温かな感触を何度か確かめ合い、二人は顔を離した。
その瞬間、夜空に鮮やかな光が広がった。

「洋火もいいもんだな」

微笑んで首を傾げる夢主に斎藤が呟いた。

「昔からの花火と異なり赤や白に燃える火薬か。明治になり入ってきた花火の色だな」

「綺麗です……」

二人は肩を寄せて空を見上げた。
夢主の頭がちょうど斎藤の肩に乗る。

「毒々しくも見える色が美しく見える。一人で見上げていては、こうは思えんかったかもしれん」

「え……」

一人で生きて老いた己であれば、新時代の変化を受け入れられず、この異国らしい鮮やかな色の花火も嫌っていたかもしれない。
隣で美しいと教えてくれるお前がいるからこそ、素晴らしさを受け入れられた。
斎藤はそんな想いに至っていた。

「お前と共に過ごした日々は、一人では到底見られなかった景色だな。これからもよろしく頼む」

「一さん……私こそ、これからもよろしくお願いします。これからも沢山のものを……出来事を、一緒に見てください」

「俺の台詞だ」

ニッと口角を上げた斎藤は、今度は強く夢主の口を吸った。
人々の歓声と空から落ちる大きな音が時折止むと、突然静寂が訪れる。
夜本来の静けさが二人を包む。
そしてまたすぐに訪れる賑やかな時。

二人は交互に訪れる時の中、深い口吸いを繰り返した。
賑やかさに誤魔化されて求めに応じてしまう夢主が、静寂の訪れで我を取り戻す。
恥じらって離れようとしても、斎藤は離さなかった。

二人の口吸いが鳴らす音に夢主が一人頬を染めている。
んっ、と声を漏らしてしまい、声が響いて夢主が体を強張らせるが、すぐに花火の音が鳴り渡った。
小さな甘い声など無かったように、立て続けに乾いた音が繰り返される。

薄っすら目を開けた夢主は、斎藤から「大丈夫だろ?」と言わんばかりの笑みを受けた。
駄目ですと首を振ると、その首筋を狙われた。

んぁっ……、思わず背を逸らせて大きな嬌声を響かせてしまった。

「ふぁ……一さ、駄目、」

声が堪えられない。花火を喜ぶ歓声もすぐに途切れてしまう。
夢主が唇を噛みしめて声を飲み込むと、斎藤の刺激は終わった。

「阿呆、唇を噛むな。大丈夫だ、誰もこんな所に人がいるなんて思わんさ」

「それでも、駄目ですっ!」

「ククッ、冗談さ」

斎藤が離れて安心した途端、夢主の太腿の上を大きな手が這う。
夢主が声を荒げると、斎藤は両手を掲げて揶揄っただけだと訴えた。

「帰ってからだな、折角の花火を楽しむか」

「そうです」

「だな」

「あっ、はっ、花火がですよ!もう終わっちゃいますよ、折角なんですから、花火を楽しみましょう!」

「それから我が家で、もう一つ」

下卑た冗談を言いかけた斎藤に夢主は頬を膨らませた。

「悪かった。さぁ、花火か」

斎藤が素直に詫びると、夢主はそうですと言って満面の笑みを浮かべた。
お前に咲く笑顔の花を今は楽しむさ、密かに自分だけの鮮やかな花を楽しむ斎藤をよそに、夢主は夜空に向かって目を輝かせた。
大きく開いて消える光が、何度も二人を彩った。
 
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