-短篇

幕】太刀影
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夜、斎藤が刀を取り出した。
昼間手入れした刀だ。
何かするにも明るい昼間のほうが良い。
しかし斎藤は構わず、薄暗い部屋で刀を抜いて、繁々と眺めている。

「おい、そんなに気になるならこっちへ来たらどうだ」

顔の前に刀を立てた斎藤だが、ちらと目を動かして、夢主を視界に捉えた。

「うっ……すみません、昼間お手入れされてましたし、何してるんだろうって……」

「ただ見ているだけさ」

衝立から顔を覗かせた夢主は、薄明りの中、刃を寝かせたり立たせたり、角度を変えて眺める斎藤を見ていた。
斎藤は手入れの時と違い、懐紙も咥えていない。ただ、話す時は刀から顔を背けている辺り、刀に唾が飛ばぬよう気を使っている。

「実際俺が刀を抜くのは夜が多いからな。実戦に近い状態で眺めただけさ」

「そうなんですか……」

斎藤は納刀すると立ち上がって、庭に下り立った。
後を追いかけるように衝立の裏から出た夢主は、斎藤が庭で何をするのか眺めている。

一度納めた刀、斎藤はくんと鍔を押して鯉口を切ると、そのまま流れるように抜刀した。
鞘をその場に置き、刀を左手に持ち替える。
幾度か剣を振るが、鍛練の素振りとは異なった。

「斎藤さんは……刀がお好きなんですか」

んっ、と斎藤が夢主を見遣る。

「あっ、すみません、続けてください」

動きが落ち着き斎藤が刀を下ろして生まれた間。夢主は不意に訊ねてしまった。
斎藤は刀が好きと聞いた記憶があった。
昼間の丁寧な手入れと、今宵の不思議な振る舞い。
夢主には、斎藤が刀と語らっているように見えた。

「深い意味は無いんです、気にしないでください」

「刀か。好きというより、欠かせぬ存在だな。命を預けるからには興味は大いにある。手に馴染まぬ刀は折れた刀にも劣るからな」

「そうなんですか……とても大切なんですね」

夢主が感慨深く頷くと、分かったようだなと斎藤も頷いた。
どこか嬉しそうにニヤリとして見える。

「斎藤さんは……ご存知ですか、新井赤空という刀工を。興味ありませんか、京都の名工……新井赤空の刀」

「よく知っているな。新井赤空か。人を殺すことに特化した奇剣の数々。俺が望む刀とは程遠い」

「言われてみればそうですね、斎藤さんに必要な刀は……。斎藤さんは、いい刀をお持ちなのですね」

「まぁな」

斎藤は増々嬉しそうにニヤリとして見せた。
やはり刀が好きなのだ。夢主はふふっと笑んだ。
刀を手にした斎藤は、楽しさを隠さない珍しい姿を見せていた。

「関孫六、鬼神丸國重、それに無銘の数振り」

「え……」

幾多の危機を共に乗り越えることになる斎藤の愛刀。
自らを語るなど滅多にない斎藤が、己の愛刀の名を並べた。

「使い手がいいと刀は長持ちするもんだ」

「……ふふふっ」

「何だ、本当だぞ」

研ぐ程に刃は薄くなる。研ぎ過ぎては刀が弱る。
傷めぬよう扱うのは、単に人を斬るより難しい。
話は分かるが、得意気な斎藤がどこか愛らしく感じられ、夢主は笑ってしまった。
笑われた斎藤だが、気にせずフフンとしたり顔で刀との語らいを再開した。

刀の肌を確かめるように眼前に掲げると、切っ先は夜空を指した。
牙突の構えのように右手を峰に沿って滑らせると、やがて手の先が月を捉えた。
月と目が合ったような眩しさを感じた斎藤が刀を戻すと、夢主がぽかんと口を開けて己を眺めているのが見えた。

「どうかしたか」

「いえ……刀の先に、月明かりが落ちてきたみたいでした……綺麗に輝いて……」

切っ先が月白の光を強く宿し、煌めいた。
斎藤の指先に月明かりが落ちたようだった。

「あぁ、磨きが見事だから良く映すな。月明かりが強ければ目暗ましにも出来る」

「お月さまもびっくりしちゃいますね、まさかそんな事にっ……ごめんなさい、悪気は……」

まさか人斬りに自分の光が使われるなんて。
うっかり口を滑らせた夢主が肩をすぼめた。
斎藤は気にするなと、目を合わせて小さく頷いた。

「お前も持ってみるか」

徐に斎藤が刀を差し出した。
抜き身のまま、向けられた峰の上を白い月明かりが走り抜ける。
夢主は咄嗟に仰け反った。

「いいえっ!私はっ!……恐れ多いです、刀なんて……」

「冗談だ」

愛刀を玩具にはせんさ。
ククッと笑って斎藤が刀を引くと、揶揄われた夢主はもぅと膨れて元気を取り戻した。

「さて、刀はしまいだ。寝るまで素直に月見でもするか」

「はいっ」

鞘を拾って刀を納めた斎藤は、夢主が座る縁側に戻り、隣に腰を下ろした。
二人の間には少しの距離。

その距離に気付いた夢主は、もう少しだけ近くに……そう願うが近付けずに、心の揺れを隠すようにさりげなく姿勢を直した。
遠慮がちに斎藤を見上げると二人の目が合う。
照れ笑いを見せる夢主とは対照的に、斎藤はいつもの落ち着いた得意顔している。

「酒も茶もないが、まぁいいだろう」

斎藤は何気なく置いた刀の位置を直し、ついでのように、ほんの少しだけ夢主に近付いた。
気付いた夢主が「あっ」と口を開くと、斎藤の口角が二ッと上がった。口を開けたまま、夢主が頬を染める。

「暫くこのままだ」

「……はぃ」

あと少し、手を伸ばせば触れる互いの指先。今はこれ以上縮まらない、僅かな距離。
何も無い縁側で、二人はただ月を見上げていた。
 
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