-短篇

幕】頑張り屋なお前と、気懸りな俺
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一日の始まり、俺達新選組は朝稽古から始まる。
部屋に居候している夢主はその間に朝の支度を整え、食事を共に取り、食事が終わると片付けの手伝い。
夢主の一日は、屯所内の様々な雑務で過ぎていく。

今も大量の皿を重ねた盥を運んでいる。
がちゃがちゃと音を立てて、危なっかしい。
足もとが見えず、伸びきった腕が今にも千切れそうだ。

「おい、大丈夫か」

「斎藤さん」

呼ばれて立ち止まる夢主。失敗した、呼び止めるんじゃぁなかった。
重そうに盥を腹で支えている。

「大丈夫か。井戸まで運んでやるぞ」

「いいえ、もう慣れましたから大丈夫です。それに、ちゃんと持てる分に分けて運んでいるので」

「まだあるのか」

「盥があとふたつ。あ、でも本当にすぐ終わりますので、大丈夫ですよっ、斎藤さんはこの後、隊務で出られるんですよね」

「まぁそうだが」

盥をひとつふたつ運ぶ程度の時間はある。
もう一度手伝いを申し出る前に、夢主は会釈を残して行ってしまった。

「あいつの頑張りに横槍を入れるのも無粋か」

去っていく姿は少々無理をしているように見えたが、楽しそうでもあった。
全く、と溜め息を一つ吐き、俺も自分の仕事に赴いた。


あいつの世話を任されたせいだ。
必要以上にあいつに気を払ってしまう。
近頃のあいつの多忙は目に余る。
しかし忙しさで気が紛れ、やりがいも感じているなら、止めずとも良い。

時折、あいつが此処に来て間もない頃の、辛そうな笑顔を思い出す。涙を堪えて微笑んでいた。座り込んで塞ぐくらいなら、動いて笑っているほうが良い。

俺は夢主の存在を頭から消して、日中の隊務に専念した。

夢主の仕事は夢主自身に任せるべき。
そう認識したのも束の間、夕刻、戻ると今度は夕飯の配膳に勤しむ夢主がいた。

「あの阿呆」

屯所に馴染んできたと思ったら、全くよく動く。
目立つものだから誰かしらに声を掛けられて、人が好い阿呆は頼みごとを引き受ける。過剰であると自覚しても、断れないのだ。


夜、布団に入った夢主から漏れた大きな溜め息を、俺は聞き逃さなかった。
楽しんでいようが、疲れは蓄積する。面倒だがそろそろ何か手を打つ必要がある。
俺は夢主の寝息に耳を澄ませて夜を過ごした。深く繰り返される寝息は体が訴える溜め息のようで、夢主に代わり俺に訴えているようだった。


翌朝、皿洗いを終えた夢主を見かけて間もなく、次にすれ違った時、今度は山のような布切れを抱えていた。
洗い桶の上に、顔が隠れるほど無造作に積み上げている。皿より軽いとはいえ、これまた足もとが見えていないらしい。
俺が足を出せば、夢主は引っかかって転ぶ。

「なんだその大量のボロキレは」

「斎藤さんっ」

予想通り、前が見えていなかった夢主は驚いて足を止めた。
布山の脇からなんとか顔を覗かせる。
止まった途端重みが増し、踏ん張っているのが分かる。
支えてやろうと洗い桶に手を添えると、夢主が俄かにはにかんだ。

「ボロキレだなんて、隊士の皆さんの羽織や袴です、直す前に洗おうと思って」

「ほぅ、道理で臭うはずだ」

俺が眉間に皺を寄せると、夢主は対照的に眉根を下げた。
男達の汗臭い洗い物の山にも嫌な顔一つしない。はにかんだ顔のせいで奥ゆかしくすら見えてしまう。

「ふふっ、皆さんずっと着ていらしたんですね」

「フン。こまめに洗わん奴らが悪い。……一人で洗うのか」

「はい、時間だけはたくさんありますので」

「誰か」

誰か、手伝いを寄越すか。
言いかけて止めた。

頑張りますと言わんばかりに、夢主は裏心の無い微笑みを浮かべている。
この微笑みだ。相手が誰であっても二人きりにさせるのは気が進まない。男共の気の迷いを誘発しやすい夢主の性質を考えてしまう。
不安要素を残して去るより、いい案がある。

「俺も今、手隙だ。手伝うぞ」

「いぃえっ、そんな、悪いです、幹部の斎藤さんにっ。隊士の皆さんに、私を手伝う姿を見せる訳にはいきませんよ」

布山の向こうを覗くように首を傾げて訊ねると、夢主は真っ赤な顔で首を振った。おまけに一理ある断り文句。
実際、近頃入った新入隊士の手前、幹部らしい振る舞いをしろと副長に幹部会議で揃って釘を刺されたばかりだった。
俺自身は構わんのだが。

「無理するなよ。倒れられても困る。何か手が必要な時は言え」

「ありがとうございます、大丈夫ですよ」

夢主は朗らかに微笑んだ。
大丈夫、大丈夫。常に口にするから本当に大丈夫か勘繰ってしまう。

俺が手を離すと、夢主は布切れの山を一度置いて庭下駄を履いた。いつもの笑顔で会釈をして、井戸へ向かう。
転べば夢主は布山の中に消えるだろう。それほど不釣り合いな量を抱えていた。

井戸の前に布山を置く姿も何とも頼りない。
俺の不安を余所に、夢主は自らが中に入れるほど大きな洗い桶に、懸命に水を汲み始めた。
何度も井戸深く釣瓶を落とし、腰を痛めるのではと案じてしまうほど、何度も何度も水を汲んでいる。

「手伝うぞ」

眺めていた俺は、俺は独り言のように呟いていた。
当然、夢主には届かない。
必死に働いて楽しそうな夢主が、顔にかかる水と汗を拭うさまを、ただ見つめていた。
 
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