-短篇

幕】頑張り屋なお前と、気懸りな俺
3ページ/3ページ


翌朝、夢主は寝坊した。
俺がさせたのだ。
のそのそと身を起こし、障子の向こうの明るさに気付いて布団から飛び出て来た。

「うそっ、もうこんな時間ですか、私、朝の手伝いがっ」 

「構うな、今朝は出来ないと伝えておいた」

「うぅっ……申し訳ないです、手伝うつもりで寝坊しちゃうなんて……」

「俺が起こさせなかったんだ、気にするな」

「えっ」

すっかり目は覚めたようだ。目を丸くした後は顔を覆って落ち込み、俺のせいだと告げると顔を見せて睫毛を何度かゆっくり上下させた。
事態を飲み込めない夢主に、俺は衝立脇に置かれた物を顎で差し示した。

「お前の朝飯だ」

「あっ」

盆の上に、箸と蓋つきの皿が幾つかある。蓋を開けると、中には握り飯や香の物。
夢主はまたも目を大きく瞬かせて俺を見た。

「おにぎり……これ、斎藤さんが用意してくださったんですか」

「あぁ。だが握ったのは俺ではないぞ」

「そうなんですか、ちょっと残念です」

それでも嬉しそうに笑い、握り飯をしげしげと見つめている。

「……本当に、斎藤さんじゃないんですか、何か……」

見覚えがあるんですけど、と夢主は首を傾げた。

よく覚えている女だ。
握り飯は作り手の特徴が現れる。
夢主とは共に飯を握ったことがあるからな、やはりこいつは侮れん。

「気のせいだろ。さぁ、食え。食ったら今日は俺を手伝え」

「は、はいっ、今日もいろいろ頑張ります! あの、皆さんに直した物を届けてからでもいいですか」

「あぁ。その代わり新たな縫物は受け取るな、今日は一日休め」

「えっ、でもそんな、お手伝いは」

「今日は俺も非番でな、付き合え。一人では足を向けられん場所がある」

「はぃ……今日のお手伝いは外でするんですね」

フン、と笑って答えずにいると、夢主は少々不安そうに握り飯を頬張りだした。
行き先や目的を明言しても良かったが、下手に話して遠慮されるのも面倒。

午後、説明もなく夢主を連れて行ったのは甘味処だった。

「甘味はいらんが、ここの茶は絶品だ」

店の前で暖簾を見てきょとんとする夢主、ここでお手伝いですか?と俺に顔を向けた。

「一人では入りにくいんだよ」

「は……はぃ」

「上手い茶が飲みたくなった」

「……ふふっ、ありがとうございます」

「何のことだ」

お前の為ではない。
そう言って、俺は夢主に甘いぜんざいを馳走した。

戻ってからも一日仕事を許さず、俺の気分だと言ってそばに控えさせた。
好きに過ごせばいいものを、何故か俺のほうを向いて座っている。

「あの、斎藤さん」

「何だ」

暫くもじもじしていた夢主が、ようやく口を開いた。

「いぇ、えっと……ぜんざい、ご馳走様でした」

「フン、構うな」

気にするなと言っても、夢主は落ち着かない様子で俺をちらちらと見上げてくる。
改まった礼などいらんが、礼を言いたいだけでは無さそうだ。

「どうした、言いたいことがあるんだろう」

「そんな、用事があるとか、そういうことでは……」

夢主が目を逸らして口を小さく動かした。
何か言いたいらしい。

「夢主」

「はっ、はいっ」

向き直り、僅かににじり寄ると、夢主は背筋を伸ばして驚いた。

「そんなに驚くことは無かろう」

「驚いてなんか……でも、あの、今日は」

ぽっと頬を染めて、夢主が俯く。

「今日は、あっ、ありがとう……ございました。今日だけじゃなくて、昨日も、気にかけてくださって」

「んんっ」

俺は思わず咳払いをしていた。
夢主は気付いていたのか。夢主を甘く見ていた。

「ぜんざいも嬉しかったですし、気に掛けてくださったことも……それに、私の気持ち、汲んでくださったことも……頑張ってるの、見守ってくださって、嬉しかったです」

「俺の役回りだ」

「……そうですね」

へへっと照れ笑いでもない、淋しげな微笑みを見せて、夢主は軽く頭を下げた。

「それでも、嬉しいです」

俺はもう一度フンと鼻をならし、目の前の夢主の頭を撫でるように手を置いた。

「お前はよく頑張っている」

「えっ……ぁっ」

手を戻すと、夢主は赤らんだ顔を上げた。
恥ずかしさと嬉しさで色づいている。

「ククッ、明日からは程々にするんだな。でなければ、これ以上お前の疲れをどう取ってやればいいか分からん」

「すみません、程々に頑張ります」

「あぁ。お前を疲れさせることなら容易いんだがな、くたくたに……ぐったりと……」

「っひゃっ」

俄かに身を屈めて近付き唐突に囁くと、夢主の火照りは急激に高まり、耳まで羞恥で染まる。
咄嗟に逃げた夢主は、後ろ手を突いて俺を見上げていた。姿勢は乱れ、裾が割れている。
阿呆が、割りたくなるような膝を見せるんじゃない。

「冗談だ阿呆、居住まいを正せ」

「す、すみませんっ、びっくり、しちゃって……って、今のは斎藤さんが悪いんです!」

「ハハッ、そうか。確かにそうかもしれんな」

「かもしれないじゃなくて、絶対にそうです!」

もぅ、と拗ねた声を出して、夢主は顔を背けた。
それでも少し楽しそうに笑うと、お前はもう一度俺を見つめた。

幸せそうな顔に、つられて俺も軽く笑み返していた。






お題(頂いたリクエスト内容)

・斎藤さんお相手で、夢主は恋人or妻
・頼り方がわからない甘え下手夢主と、頼ってきてほしくて奮闘する斎藤さん

恋人未満な関係で書かせていただきました💦
甘え下手と奮闘する斎藤さんの表現が難しくて勉強になりました🙏

リクエストありがとうございました!
 
次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ