斎藤一明治夢物語 妻奉公

□1.コトハジメ
1ページ/12ページ


明治三年、春。
身分も名も無い女と時代に負けた男、夢主と斎藤が手にするには立派過ぎる家屋に二人はいた。

京に上り新選組の幹部として務め、苦しい立場となった戊辰戦争の間も忠義を尽くし戦い抜いた斎藤。
その忠誠に応えた旧会津藩主の計らいで手に出来た土地と新居だ。最低限ながら生活に必要な道具も揃えられている。

小さくとも立派な門をくぐると見える玄関、ここに土間と勝手場は無く、敷地の反対側にある勝手口のそばにそれは据え付けられていた。
家に入らず、玄関扉手前の右手の押し戸を開けば、小さな庭が広がり、部屋に上がらない客もここで縁側に座り歓談できる。
庭には椿や梅の木が植えられていた。

二階建ての建物は日本家屋らしい無駄の無い造りでありながら、新時代を生きる二人に相応しいようにと洋式の造りも取り入れられている。
一階の部屋を囲む障子には横長の細い硝子が組み込まれ、雨戸を開けておけば外の様子がよく分かる。二階の窓にも硝子がはめ込まれていた。

家の一階には客人を通す為の部屋と寝食を過ごす部屋、どちらにも床の間と押入れがあり使い勝手は良さそうだ。
玄関を入り真っ直ぐ進んだ奥に隠れている階段、そこを登った二階には居室が二つある。
こちらを眠る場所にしても良いし、客人を招いて泊まってもらうのも良い。
家族が増えた時にも二階は活躍しそうだ。

床や天井は温かみのある木で造られ、玄関や一部の壁には白い塗り壁が採用されており、明るい空間を作っていた。
斎藤が願い出て追加されたのが、夢主の好きな風呂だ。こじんまりとしているが外に出ずとも風呂に入れるのは嬉しい。
風呂の隣には勝手場がある。風呂と勝手場そばの縁側から庭に下りると井戸、その先に勝手口が見える。
夫婦二人暮らすには充分すぎる広さだ。

「こんなお家、本当にいいんですか・・・凄く立派な・・・」

「あぁ、俺も驚いたがな。ありがたくご厚意に甘えるとするさ、今回はな」

「はいっ」

これから二人、新しい生活が始まるのだ。苦しい時を乗り越え新しい荒波に向かう。
許されるならば甘えておこうと、二人は与えられたこの住まいでの生活を選んだ。

この新居に来る前夜、二人は再会した沖田の道場に一泊していた。
尽きそうも無い長話から一晩泊るよう勧められたのだ。

突然の再会で互いだけの世界に入ってしまった二人を止めたのは、沖田の気まずそうな咳払い。
そこから長い夜が始まった。

「あのぉ・・・ここ、一応僕の道場なんですけど・・・」

「沖田君」

割り込んできた声、斎藤は反射的に夢主と距離を取った。我に返り、夢主の向こうにいる沖田に気付く。
二人で旅立ったのだから、共にいるのが当然だ。斎藤は「すっかり忘れていたさ」と厭味な笑顔で沖田の変わらない姿を確認した。
小憎たらしい無邪気な笑顔と、男のクセに高く可愛らしい声。散々に言い合いを繰り返した男、京の町では背中を預けた男だ。

「斎藤さん、おかえりなさい。随分逞しくなっちゃって」

「君は相変わらず・・・小さいな」

戦を乗り越えやつれた斎藤を揶揄った沖田は、より強い皮肉を返された。

「なっ、それが久しぶりに会う仲間にかける言葉ですか、これでもここまで随分と苦労したんですよっ!」

「すみません、私のせいで苦労して・・・」

「そあぁっ、そういうわけではっ」

「フッ、すまん冗談だ。本当に君には感謝している。この借りはでかいんだろうな」

沖田は仮にも自分の大切な存在を預かり守りきってくれた男、ここは素直に感謝しようと斎藤は態度を改めた。

「当然です。でもいいですよ、楽しかったですから」

沖田は不意に斎藤に顔を寄せ、夢主に聞こえないよう囁いた。

「それに僕は想いに区切りはつけても、好きである気持ちは忘れない・・・きっとそれが貴方にとっての高い代償ってやつですよ、斎藤さん。だから貴方が夢主ちゃんを泣かした時には容赦しません」

「随分と高い代償だな」

「安いくらいです」

沖田はにやりと嬉しそうに声を潜め、斎藤も応えてククッと笑った。
懐かしい感覚に斎藤の眉根も開く。

・・・やれやれ、沖田君を頼もしく思う日が来るとは・・・

幕末から今日まで、突然に、次々と仲間を失ってきたが、ここにこうして存る男、目の前の沖田の存在が大きくなったと認めざるを得ない。
そんな考えに至った己に溜息を吐き、斎藤は腰に手をあてて敷地を見回した。
 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ