斎藤一明治夢物語 妻奉公

□1.コトハジメ
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「あっ、あの、今日はこの後どうされるんですか」

物干し竿に細長い白布が二枚干され、風に小さく揺れている。
襷を解いた夢主は斎藤に訊ねた。

「俺は一旦出る」

「あっ・・・」

「仕事だよ、今日は一日資料を頭に叩き込まなきゃならん。こんなご時勢だ、仕事の山さ」

「そうですよね・・・あのっ、そのままどこかに行っちゃったりしませんよね」

覚悟していたとは言え、斎藤のこれからの忙しさを知る夢主は、今夜さえも戻らないかもしれないと不安にかられた。

「あぁ、夜には戻る。例えどこかへ行かなければならない時でも、必ず俺が直接お前に告げていく。必ずだ」

「一さんが」

「そうだ。誰かに任せはしない。これは仕事を受ける際に取り付けた約束事だ。どこへ行くかは言えなくとも、家を空ける前にはお前に話す」

「わかりました」

「フッ・・・今から淋しい顔をするなよ。どこへ行くかは話せないが理由は分かるだろ」

「はい・・・知れば、私の身に危険が及ぶから・・・」

「その通りだ。賢いな」

夢主の顔が、まるで聞き分けの良い子供が無理をしている時のように、淋しさを隠しきれなくなっていた。
自分でどうにか気持ちを処理しようと頑張る姿が斎藤の胸を打つ。

・・・相も変わらず淋しがり屋で、無理をする、か・・・

斎藤が夢主を目で愛でていると、夢主は夫の仕事に支障がないようにと健気な質問を口にした。

「一さん、お昼は・・・」

沖田の道場からこちらへ来て、随分と時間が経っていた。

「外で食うさ」

「お蕎麦ですか?」

「ほぅ、よくわかったな」

それしか浮かびませんと笑って応える夢主だが、思い切って小さな我が儘を口にした。

「私も一緒に食べたいです・・・」

「そういえば京で話していたな。いいだろう」

「本当ですか!」

「あぁ、約束しただろう」

「ありがとうございますっ!!」

約束をしてから随分と時が経ち、その間に多くの出来事があった。それでも、斎藤は夢主との小さな約束のひとつひとつを覚えているようだった。
夢主は嬉しさで斎藤に飛びついた。

「本当に嬉しいです・・・一さん、大好きですっ」

照れながら気持ちを伝える夢主の手に力がこもり、斎藤の筋肉質な体を抱きしめた。
すぐに逞しい腕で抱きしめ返され、温かい大きな体を感じた。
夢主も負けまいと、斎藤の体をより強く抱きしめた。
もう想いを隠す必要も無い、遠慮も要らない。夢主は自分を包んでくれる大好きな斎藤に甘えていた。

「これから・・・一緒に、よろしくお願いします・・・」

フッ・・・斎藤の漏らした吐息が頭にかかり、夢主は顔を上げた。

「俺の台詞だな、すまんな夢主、先に言わせちまった。俺は心底お前に惚れている・・・これからここで共に生きるぞ、ずっと・・・俺が死ぬまでな」

「いいぇ・・・」

ピクリと反応する斎藤を面白がるように夢主は悪戯に微笑んだ。

「だって、斎藤さんは不死身ですから・・・ふふっ」

「ははっ、言ってくれるな、こいつは」

真っ直ぐに見つめてくる夢主の瞳は、嬉しさと恥ずかしさで揺れている。
斎藤は触れたくなった思いのままに、夢主のほんのり染まった頬に触れた。

「夢主、ひとつ覚えておけ」

「はぃ・・・」

「・・・もう離さん」

斎藤の低い一声に驚いた夢主、言葉を返そうとするが、斎藤は待たずに二人の唇を重ね合わせていた。
穏やかなそよ風が短くなった斎藤の髪をなぞるように吹き、変わらない長い前髪を揺らして夢主の顔をくすぐる。
暖かい春の日差しの中で、二人は幸せに彩られていた。
 
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