斎藤一明治夢物語 妻奉公
□2.新枕(にいまくら)※R18
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公務に出る時、斎藤は制帽を真っ直ぐ被り、上着は一番上までしっかり釦まで閉める。
今は上着を脱いで夢主に持たせ、帽子は手に持って歩いていた。穏やかな日差しが心地よい春の日だ。
「暑いのですか」
夢主は一緒に家を出る時から、何故脱いだのか不思議に思っていた。
歩きながらようやく質問すると、斎藤はそんな理由で脱ぐかと鼻をならした。
「フン。このご時世、警察を恨みに持つ者は多いからな。お前と一緒に歩く時だけは気をつけるさ」
「そうなんですか・・・すみません、気遣っていただいて・・・」
「構わんさ。厄介事を増やすよりいいだろう」
「そうですね、ふふっ・・・今から行くお蕎麦屋さんは一さんのお好きなお店なのですか」
身の安全を気に掛けてもらうが、厄介事と言われた夢主は苦笑いを返した。
洋装に日本刀を携帯しているだけで充分目立つのにと、心の中ではクスリと笑っていた。
おまけに手には白い手袋だ。充分に斎藤の職を知らしめるだろう。
「言うほど通っているわけではないが、家から警視庁の道すがらにあるからな、東京へ来てから何度か行っている。ここらに蕎麦屋は五万とあるからな」
「五万・・・」
いくら蕎麦屋が多いとは言え大袈裟な・・・、ちらりと横目に覗くが、斎藤は真面目な顔で通りに並ぶ店に目を向けていた。
「ここだ」
家から十分も歩かない辺りで蕎麦屋に入った。
店内には机と椅子が並んでおり、一部は畳が敷かれて靴を脱いで上がる席も整えられている。
斎藤は迷わず座敷の席に上がり、背後に刀を置いて店の者に声を掛けた。
「掛け蕎麦ふたつ」
「ふふっ」
「・・・他が良かったか」
席に着くなり当然のごとく掛け蕎麦を注文する斎藤が、あまりにも想像通りで夢主は笑ってしまった。
「いいえっ、同じので・・・」
「そうか。遠慮するなよ」
「ありがとうございます。一さんと一緒の時は同じ物がいいです」
「そうか」
斎藤は夢主に預けていた上着を受け取り、自らの傍に置いた。上着を脱いだ斎藤は皺一つ無い白いシャツが良く似合っている。
昼飯には時間が早いのか、店内は他に客が二人いるだけで空いていた。
「他のが食べたい時は、一さんがいない時に一人で来ちゃいます」
「フフン、言うじゃないか」
向かい合って座る二人は注文した蕎麦が来るまでの時間を楽しんでいた。
「冗談ですよ、お蕎麦屋さんには一さんとしか・・・」
「構わんぞ」
「えっ」
「それくらいの甲斐性はあるつもりだ。来たければいつでも来ればいいし、誰かと一緒がいいなら共に来ればいい」
「いいのですか・・・」
「仕事しながら、俺のいない毎日を一人淋しく過ごすお前を想像するよりは、遥かにいいだろう」
「一さん・・・」
それほど俺は器の小さい男じゃないと斎藤は理解を示した。
「それに、これからお前は昼間一人になることが多い」
正直に淋しそうに夢主が頷くので、可笑しくなった斎藤は姿勢を崩して笑った。
「ハハッ、お前は正直だな。近所の人と仲良くなるのもいい。あの辺りの人間なら俺も安心だ。それに他人と関わるのが嫌なら、沖田君の道場に行けばいい」
「えっ、でもっ・・・」
「彼もお前に負けず劣らずの淋しがり屋だろう。ま、それはさておき、飯を作って持って行ってやれ」
「いいのですか、私があそこに通っても・・・」
「構わんだろ、俺は・・・俺達は彼を信頼している。恩もあるしな、昼飯ぐらい作ってやれ」
「はいっ、わかりました!」
「フッ」
彼にも女が出来れば話は別だが・・・難しいだろう。夢主の身の心配をしなくて良いし、沖田は昼餉の手間が省ける。
斎藤は悪くない話だろうと納得した。