斎藤一明治夢物語 妻奉公

□3.白い小袖の女
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初めて二人の想いが重なった夜。
明けた朝はとても心地良い光が町を包んでいた。

夢主が目を開くと目の前で斎藤が手枕をして、にこやかにこちらを見つめていた。
斎藤の背からは硝子越しに朝の光が差し込んでいる。

「・・・よぉ」

「ぁ・・・おはよぅ・・・ございます・・・」

「あぁ、おはようさん」

「ふふっ・・・」

顔を突き合わせた目覚めの恥ずかしさと、昨夜の熱の恥ずかしさ。それに穏やかな朝の嬉しさで、夢主は自然と微笑んでいた。
気付けば寝巻きは整えられ、布団が綺麗に掛けられている。横になる斎藤もいつの間にか見覚えのある白い寝巻姿に変わっていた。

体が繋がったまま眠りに入ってしまった夢主を労わり、優しく始末をして寝巻を整え寝かせてやる。
斎藤には幸せな時間だった。意識を手放した体に触れていると、夢主も同じだろうと感じられた。

「なぁ、お前のいた世では何と言う」

「何が・・・ですか」

問い返えすと斎藤の口元が緩み、夢主の心が高鳴った。
外では決して見せない閑やかな表情だ。

「俺に言われて嬉しい言葉は何だ。こんな時・・・俺には思いつかん」

また来る・・・それは色街の朝だ。良かったか・・・それではあまりに品が無い。飯にするか・・・これは色気が無い。
斎藤はこんな朝に愛しい者へ、夢主の知る言葉でどう語りかければ良いのか知りたかった。

「こんな・・・時・・・あのっ・・・」

ぽっと頬を染めてもじもじと目を逸らした。
何か思いついたな、斎藤は優しい眼差しを向けた。

「いいから、言ってみろ」

「・・・してる・・・」

「んっ?」

「愛・・・してる・・・」

「愛・・・情愛の愛か」

「はい、愛してる・・・好きの気持ちを・・・愛しい気持ちを伝える言葉として、親子で使ったりもしますけど、やっぱり男女の間で想いを伝える言葉・・・愛してる、かなって・・・思います。恋仲や夫婦の二人が掛け合う言葉・・・普段はなかなか言えない言葉です・・・」

「言われて嬉しいのか」

コクンと大きく頷いた。言われたら・・・嬉しい。
夢主の表情に「そうか」と納得し、斎藤は横になったまま更に体を寄せた。
体が触れるほど近付き、おもむろに体を起こした。
つられて夢主も体を起こそうとするが、下腹部にズキリと鈍い痛みが走る。

「そのままでいろ」

昨夜の慣れない行為に体が痛みを訴えた。
幸せの痛み・・・夢主は心で呟き、斎藤の言葉に甘えて体勢を戻した。
斎藤は再び横たわった夢主の体を挟むように両手をついた。
長い前髪が届かない場所で揺れている。

「夢主、愛してる」

「っ・・・」

真っ赤な顔を作り咄嗟に両手で顔を隠した夢主の反応に、斎藤はこれは本気の言葉だなと嬉しくなりほくそ笑んだ。
夢主は隠した顔をブンブン振り、体を揺すってジタバタと喜びを噛み締めている。そっと指の間から斎藤を覗いた。

「私も・・・一さんのこと・・・」

顔を隠す手をそっと除け、目を瞬きながら真っ直ぐ見つめる。
斎藤はどんな言葉が続くのか予測し笑んだまま耳を傾けている。

「一さんのこと、愛してます・・・ぁあっ、だめっ」

恥ずかしさで顔を見られないと布団を引き上げた夢主を、斎藤は喉を鳴らして笑った。

「ククッ、面白い奴だ」

いい言葉を覚えた・・・。
斎藤は照れ顔を隠している布団を引き剥がし、そっとおでこに唇を落とした。

「俺は仕事だ。飯にするぞ」

「あっ、でしたら私が・・・ぅっ」

「フン、構うな寝ていろ。夕べお前の作った飯が残っているだろう。ありがたく頂くぞ」

「はい」

「お前の分も運んでやるから、大人しくしていろ」

起き上がろうとした瞬間、昨夜の名残がズキリと痛んだ。
そうなるだろうと端から察していた斎藤は、当たり前のように進んで布団を出た。
 
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