斎藤一明治夢物語 妻奉公
□3.白い小袖の女
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「忙しいのは分かりますが、こんな日に限って何をしているんだ」
「何をしている」
「斎藤さん!」
人の気配を感知し門を開けずに塀から飛び込んできた斎藤、よく知る人物と気付くが、自分の家の敷地内に立つ男に怖い顔を向けた。
だが、怖い顔をしていたのは斎藤だけではなかった。
「遅いですよ!斎藤さん!」
「君と違って俺は忙しいんだよ、分かるだろう。それで、何をしている。夢主に何かあったのか。一先ず中に入れ」
「嫌ですよ。始めての訪問がこんな形だなんて嫌ですね、それに随分な言い方だ」
「怒るな。どうした」
「どうしたもこうしたも、夢主ちゃんの様子がおかしくて・・・買い出しに行ったらちょっとあったんですよ」
遅くまで仕事詰めで気が立っているのか、ぶっきらぼうな斎藤の対応に、沖田の態度も悪くなっていく。
「詳しく話せ」
「嫌です。夢主ちゃん本人から聞いてください。それでも尚質問があると言うのならいくらでも来てください。お待ちしていますよ。全く・・・貴方の面倒まで見られません。仕事熱心なのは構いませんが、しっかりしてくださいね」
「ちっ、悪かったな」
舌打ちが聞こえ、沖田は怖い顔のまま立ち去ろうとした。
「だが、いてくれて助かった」
「構いません・・・」
「夢主の様子はどうなんだ」
すれ違おうとした沖田はその場で足を止め、頭一つ分以上も背の高い斎藤に横から見下ろされる視線を横顔に受けて、口を開いた。
「分かりませんよ、中には入っていませんから。今は寝ています。ただ・・・別れ際、随分と暗い顔をしていましたね」
「暗い顔」
今朝の顔を思い出すと、とても暗い顔など想像がつかない。
幸せに微笑む顔しか浮かばなかった。
「何やら記憶にある、心当たりのある人物に出会ったみたいです。止めなきゃいけなかったんだって、自分を責めていました」
「心当たりの人物、誰だそいつは」
「妙な子供が・・・夢主ちゃんを姉ちゃんって・・・でも人違いだったみたいで行っちゃたんですが、やけに態度の悪い小童でしたね。あとは夢主ちゃんから聞いてください、僕が話せるのはここまでです」
「そうか。すまなかったな、こんな遅くまで」
「いいえ、昔から慣れていますよ、ははっ。それに僕にとっては悪い日ではありませんでしたよ。いいお医者さんに薬屋も知れましたし。では・・・夢主ちゃんのこと、よろしくお願いしますよ」
「あぁ」
もうあの人は貴方の妻なんだから・・・。
そんな視線を残して沖田は自分の家へと戻って行った。
「一日で随分と事が起きたんだな」
斎藤が家に入ると、文机の上に斎藤が頼んだ品が綺麗に並べられていた。
覚え書きにはかなりの書き込みがあったが、何ひとつ欠けることなく揃っている。
「こいつ・・・」
机の上を確かめてから、そばに眠る夢主の姿に目を移した。
自らの言いつけを守り、先に布団に入って休む妻。
一体誰に遭遇し、何を思ったのか。斎藤はそっと手を伸ばし、顔に掛かる横髪を除けてやった。
「穏やかじゃないか・・・」
寝顔に語りかけると、僅かに夢主の口元が綻んで感じた。
「フッ・・・いい顔だ。帰ったぞ、夢主」
斎藤はただいまを告げて立ち上がり、寝支度を済ませ、夢主の隣に身を滑らせた。
先に眠る夢主の寝息に自らの呼吸を重ね、斎藤も眠りへと落ちていった。