斎藤一明治夢物語 妻奉公
□4.上野の山
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「いいえ、気にしないでください。今朝の一さん、私はあんな一さんが好きです・・・大事にしてるものを貫いてください」
真面目な声で今朝突然職務に入ってしまった事を詫びる夫に「気にしません」と微笑んだ。
火の灯らない部屋の中でも、その微笑みは斎藤にしっかりと見えている。
面倒臭がりなくせに、どんな時でも警官としての責任を、自分の中の正義を貫こうとする。夢主はそんな斎藤が大好きだった。
「フッ、そうか」
・・・どこまでも、貫くさ・・・
「お前のことも・・・」
「っ、はっ、一さんっ!」
真面目な話の途中で揶揄い半分に肌を寄せて囁く斎藤を、夢主は慌てて押し返した。
「あのっ、まだその、体も落ち着いてなくて・・・」
「・・・ほぅ」
初めて肌を合わせてから体がまだ・・・。
躊躇するが斎藤はゆっくりと夢主の前髪を除けておでこに口付けた。
「本当に辛ければ止めてやる、試してみちゃ・・・いかんか」
「・・・試してって・・・そんな・・・急にどうしたんですか」
「いいだろう夢主」
知らない人間には何を考えているか分からない、喰えない奴と言われる男が、首を傾げて愛嬌を見せている。
普段は迷い無く強い意思を表す瞳が、優しく誘いを掛けている。
・・・そんな顔されたら・・・ずるいよ・・・
戸惑っていると今度は唇を求められ、夢主は応じるように瞳を閉じていた。
「こんなに・・・なるなんて、思わな・・・くて・・・今夜は・・・」
深い口付けの合間に夢主が言葉を漏らすと、斎藤はニッと目を細めて唇を離した。
「気分じゃない、ってやつか」
「いぇ・・・その・・・」
目の前の優しく熱い瞳から逃れるように目を逸らすが、感じる視線についまた目を合わせてしまう。
夢主の瞳は涙を含んで揺らめき、光っていた。
「俺に任せてみろ、どうだ・・・」
「・・・あの・・・」
斎藤は体を起こして手をついたまま、暫く瞬きもせずに夢主を見つめていたが、おもむろに手を引いて、ごろりと背を向け布団に横たわった。
夢主は開放されてホッとしたような、淋しいような、複雑な気持ちで夫の名を呼んでいた。
「あのっ・・・一さん・・・」
「まっ、今夜は寝るか」
「ぁ・・・はぃ・・・あの」
「なんだ」
斎藤の背中が動き、再び二人の目が合った。
「その・・・いいんですか」
「何がだ、お前を抱かなくてという事か。なんだお前、俺に抱かれたかったのか」
「そっ、そんなんじゃっ・・・ただ、どうしたのかなって・・・」
不安を抱いた夢主を安心させるよう、斎藤はそっと目の前の頭に触れた。
髪に指を通してするする触れていると夢主の顔から不安は消え、触れている斎藤自身も心地よさを感じた。
「フン、随分と眠そうじゃないか。いいさ、ゆっくり休め」
「は・・・はぃ・・・」
「ククッ、淋しいって顔に書いてあるぞ、今からやり直すか」
「いぃえっ!大丈夫ですっ、お言葉に甘えてもう寝ますからっ」
確かに今日は気疲れも入り、どこか気だるい。
目を瞑ればすぐに寝入るだろう。
「そうか。まっ、甘えたけりゃいつでも大歓迎だぜ」
「ふふっ、ありがとうございます・・・嬉しいです」
すっと手を伸ばして斎藤の体に触れると、斎藤の口元が小さくニッと緩み、そのまま挨拶のような優しい口付けが返ってきた。
「ゆっくり休め」
「はぃ、おやすみなさい・・・」
「あぁ・・・おやすみ」
夢主はにこりと目を細め、そのまま目を閉じた。
愛しい人に見守られながら眠りに就く夜の幸せを感じ、いつしか寝息を立てていた。