斎藤一明治夢物語 妻奉公

□5.淋しがり屋の恋女房※R18
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夢主と斎藤の祝言の支度を引き受ける。
斎藤が東京に戻り夢主に再会した時に宣言した沖田は、それからすぐ二人の祝言の準備に動いていた。

騒ぐな、目立つな。斎藤の希望通り慎ましく小さな祝いの場を設けるつもりだ。
斎藤の仕事と夢主の身の上を考えると人も呼べない。いっそ誰も呼ばなくて良いと言われたが、沖田はどうしても呼びたい人物がいた。

一人は道場の大家の老女だ。沖田と夢主が兄妹と偽りはしたが、夢主が夫となる者を待っていると告げた。
その男が戻り祝言を挙げるのだから、世話になっているからには呼ばねばなるまい。

それからもう一人、沖田自身も世話になり斎藤にとって特別な人物だ。その人物は今、東京に住んでいる。
是が非でも見届けてもらいたいと屋敷を訪ねたが、身分ある人物を相手に突然の訪問、一度目は当然家人に追い返された。
しかしその時に渡した文のおかげで、二度目は面会を許された。

「狼の亡霊より・・・文の差出人には驚いたぞ。まさか生きていたとはな。して、頼みとは」

「実は・・・人を食ったような斎藤さんの、あの澄ました顔が崩れるところを見たくはありませんか」

「ほぅ、興味深い。何をすれば良い」

男はすぐに興味を示した。手短に祝言への出席を頼むと目を細め、喜ばしい依頼に男は快く頷いた。
沖田は屋敷を出た一人の帰り道、安堵して呟いた。

「これで全部です」

全てが順調だ。
夢主に着せる白無垢は大家の婆が用意してくれる。
斎藤に着てもらう黒紋付き一式は、沖田が頭を下げに行った人物が祝いを兼ねて揃えると引き受けてくれた。

食事は仕出し屋に手配してある。花嫁本人に支度させる訳にいかず、大家の婆に頼むのも心苦しい。
通常なら近所の女集が集まって家の者と共に準備に励むのだろうが、身内で静かに挙げる祝言だ。仕出し屋に頼んだ料理も祝い事にしては派手ではない。

酒は飲む間が無いかもしれないが用意は出来ている。
そもそも斎藤は酒を控えるかもしれない。

「僕にしては順調だな」

準備万端と自分に満足し、軽い足取りで家を目指した。

夜、沖田は祝言の日取りを確認する為、斎藤の帰りを待った。
待つと言っても自らの屋敷の縁側に座っているだけだ。
夜中一人体を動かす時もあれば、ただ座り夜空を眺める時もある。見事な月や星に感嘆するが、美しい景色を見ても以前のような喜びは生まれない。

だが夜中こうして庭で過ごしていると、斎藤が現れるのだ。
仕事が多く帰りが遅い斎藤は、一日異変がなかったか確かめる為、毎夜と言わずともそれに近い頻度で沖田のもとを訪れていた。
稀に屋敷の主がいない夜もあるが、斎藤は構わず通り抜けて裏から自宅へと向かうのだ。

「来ましたか、遅くまでお疲れ様です」

「君はいつも起きているな」

「元々ですよ、あまり寝ないのはお互い様でしょう。まぁ、今は夜襲や突然の隊務を気にせずとも良いのですから、のんびり眠る生活に変えるべきなのかもしれませんが」

「ま、今更だな」

斎藤は当たり前のように沖田の前に立っていた。
昼間夢主と過ごす沖田になんとなく話を聞きたい、立ち寄る理由はそんな所だ。

「そうなんですよね。今のままで構いません。それにしても毎日僕の顔を見に来てくれるなんて嬉しいですね〜」

「阿呆ぅ、通り道なんだよ。ここを通ると帰りが早い」

「あははっ、そんな事だろうとは思いましたがやはり抜け道扱いでしたか。構いませんけどね」

「それで、異変は無いか」

「ありませんよ、心配性だなぁ斎藤さんは。気になるならすぐに帰ってあげればいいのに」

「たかだが数分の事だろう、情報収集は必要だ」

情報収集ねぇ・・・沖田は心の中で言葉を繰り返し、くすくすと笑った。

「確かにこの時間夢主ちゃんはもう寝ちゃっていますからね。最近随分と遅い日が続きますね」

「あぁ。色々とあってな」

「色々」

斎藤は腕を組んで庭に目を移し、大きく息を吐いた。
何らや面倒な仕事を抱えているのだろう。
  
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