斎藤一明治夢物語 妻奉公

□5.淋しがり屋の恋女房※R18
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朝、隣に夫がいる。
毎日の暮らしの中で、そんな当たり前の朝が珍しくなっていた夢主には嬉しい目覚めだった。
眠りから覚めた夢主は、斎藤の気遣いで横たわったまま、雨戸を開けてくれる姿を目で追いかけた。
眩しい朝日に一気に眠気が吹き飛ぶ。

祝言の日が決まり、体を重ねて寝覚めた朝、なんだか気恥ずかしくて嬉しい。
夢主の顔にはそんな気持ちが表れていた。

「しかし本当にいいのか、夢主」

「何がですか」

体を起こし、着替えを始める夫の背中に問いかけた。

「このまま祝言を挙げて、本当に夫婦だ。俺は敗者だぜ、時代に負けた男、何も無い負け犬だ」

「ふふっ、一さん本当はそんなこと気にして無いくせに」

「フッ、そうか」

洋装に変わり、帯の変わりに腰に巻くベルトが出す小さな金属の音がどこか懐かしい。
夢主は音を味わいながら、自分を振り返った顔に微笑んだ。

「だって、生き残った者の勝ち・・・一さんの言葉ですよ」

「ほぅ、そうか」

着替え終わった斎藤は興味深そうに、意味を噛み締めながら相槌を打った。

「そいつはいい言葉だな。覚えておこう。確かに生き残った者が勝ち、それは今も昔も変わらん真実だな」

身に覚えの無い自分の言葉に斎藤は笑った。
勝てば官軍、身を持って味わった現実ではないか。

「一さんこそ宜しいんですか」

「何がだ」

「だって私こそ、どこの誰だか分からない女ですよ、敗者どころか・・・」

「今更だな、それこそ」

「あっ・・・」

細い目が笑ったと思ったら、いつの間にか目の前に斎藤がいて、夢主は口を吸われていた。

「どこの誰だか分かなくとも、お前でなくては駄目だ。それだけは、分かるさ」

「一さん・・・」

仕事に向かう仕度が整った夫を、未だ寝巻姿の夢主は少し気まずく見つめ返した。
だが斎藤は何も気にせず細い目を保っている。

「祝言、楽しみか」

「はぃ・・・緊張しますけど、やっぱり嬉しいです。けじめが付くみたいで・・・」

「けじめか、そうだな」

自分にはどうでも良くとも、女にとっては確かにそうだろう。
玄関に向かいながら、斎藤は夢主の言葉に頷いた。

「けじめと言えば一さん、切り替え上手が仕事上手って言うんですよ」

「何だそれは」

眉間に出来た皺に夢主は口元を隠しふふっと笑った。

「仕事が途中でも区切りを付けて終わらせる・・・たまにはお家で一緒に晩ご飯を食べませんか」

「フッ、なるほどな。早く帰れと言いたい訳か」

「別に毎日だなんて言いませんよ、たまにでいいですから・・・それが駄目なら昼間に顔を見せてください。朝も先に起きて行っちゃうなんて、一さんは良くても・・・私は一さんの顔を見れないじゃないですか」

「分かった分かった、さすがに仕事中に我が家を覗いてばかりいられんが、仕事を切り上げて帰る日を作る。それでいいだろう」

「はいっ!是非・・・でも大丈夫なんですか」

喜ぶが仕事に支障が出ないか案ずる夢主に、斎藤も笑うしかない。

「お前が言ったんだろう、何とかなるさ。確かに自分で区切らねば次々と仕事は湧いて出るからな」

「じゃあ・・・」

「あぁ。毎日は無理だがな、ちゃんと早く帰る日を作るさ。俺の恋女房が淋しがり屋だと忘れていたな」

「こっ・・・恋女房・・・」

真っ赤な顔で約束に満足する夢主に、斎藤はニッと悪戯な視線を投げ掛けて、制帽を深くかぶった。

「じゃあな、行ってくる。飯は警視庁への道すがら食うさ」

「はい、行ってらっしゃい」

夢主に機嫌よく見送らながら、斎藤は「やれやれ」と嬉しい溜め息を吐いて歩き出した。
にこにこと温かい視線を受けた感覚が、いつまでも背中に残っていた。
 
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