斎藤一明治夢物語 妻奉公

□6.祝言の時
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祝言の日、別々の部屋にそれぞれの衣装が揃えられた。
斎藤が纏う黒い紋付羽織と長着、同じ黒を地色にした縞地の袴。
夢主の為には白い花嫁衣裳と、お色直しに色打掛が一枚。

紋付一式を自身で身につけていく斎藤に対し、夢主は大家の婆と沖田に着付けてもらっている。
夢主の希望で薄い白粉化粧に、京で沖田が買ってくれた紅を添える。頬に薄く、目元に少し、そしてふっくらとした唇を鮮やかに彩った。

襦袢に袖を通して二枚目を重ねたところで、外で待っていた沖田が手伝いの為に部屋に入ってきた。
沖田は入るなり、髪を結われ綺麗に化粧をした夢主の姿に息を呑み、固まってしまった。

「やはり・・・夢主ちゃんは綺麗です・・・日の本一の・・・花嫁さんですね」

「総司さん・・・」

暫く見惚れていた沖田だが、我に返り微笑んで夢主の前に進んだ。沖田も平時には身に付けない立派な袴と、沖田家の紋が五つ入った羽織を着ている。

沖田は「ほれここを持て」と大家の婆に促され帯を手に取るが、にこにこと嬉しさが隠せない。

「私達だけなのに、本当にこんな綺麗な花嫁衣裳を用意していただいて・・・よろしいんでしょうか」

喜ばしいが申し訳無さも含んで微笑む夢主に、二人は心からの笑顔で応えた。

「あたしだって話を聞いてから楽しみで仕方が無かったんじゃ、ほらもっと手を上げておかんかね」

「はぃ・・・」

「僕だって嬉しいんですよ、この姿を見たくて僕はずっと傍にいたんです」

・・・僕が隣にいないのは、少しだけ・・・悔しいけど・・・

「あの、総司さん・・・ありがとうございます」

「お気遣いなく、紅もとても良くお似合いです。僕の夢を叶えてくれて・・・ありがとう」

「総司さん・・・」

二人のやりとりを隣で見ていた大家の婆が「おや・・・」と視線を動かした。
先程まで満面の笑みだった沖田、今は切なさと喜びの混じった笑顔を湛えている。まるで愛しい者と別れを告げる男の顔だ。

「お主ら変わった兄妹じゃのう」

「あっ・・・あのっ」

「大事な妹を取られるのが悔しいかい」

「あはははっ、妹が美しすぎて兄の僕でさえこのざまです!ほら、着付けはこれでお終いです。本当に・・・良く似合っています。本当に・・・」

「はい・・・大家さんと総司さんのおかげです」

「いぇ・・・」

沖田は夢主の見事な花嫁姿をうっとりと眺めた。
暫く忘れていた想いが蘇る。心から幸せを願う気持ちに偽りはない。
相手も自分が認める男なのだから、今更何の躊躇いがあろうか。

・・・全て僕の望み通り、綺麗な姿だ。斎藤さんなら安心して任せられる。夢主ちゃんの全てを・・・

目が合うと二人はにこやかに微笑むことが出来た。

「良かったね、夢主ちゃん。幸せにね・・・」

「っ・・・総司・・・さん・・・」

「あぁあっ!今は泣いちゃ駄目ですよ!」

優しい言葉に涙が込み上げるのを察した沖田が、慌てて夢主を落ち着かせた。
その横で大家の婆はまじまじと花嫁を眺めている。

「ほぉ・・・改めて見てもあんたやっぱり別嬪さんじゃなぁ!色打掛もあるんじゃ、お色直しも楽しみじゃ!ささっとせねばな!」

「ささっと・・・」

「ははっ、唯一のお客さんがあまり長く滞在出来ませんからね、ささっと・・・です」

唯一の招待客・・・。
夢主は誰だろうと首を傾げたいが、慣れない姿にうまく首を動かせずにいた。

「その代わり今夜はゆっくり呑みましょう!」

「呑むんですか?!」

「当たり前でしょう、お祝いの夜なんですから!夢主ちゃんも暫く呑んでいないんでしょう、楽しまないと!呑み方も教わったことですし、斎藤さんも今夜はきっと・・・」

「一さんが何か・・・」

「いえ、こちらの話です。心の準備はよろしいですか」

固めの杯をして終わる、略式で済ませる祝言。
それでもいざその時が迫ると胸の高鳴りがおさまらない。緊張で震える足で、ゆっくりと座敷へ進んだ。
 
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