斎藤一明治夢物語 妻奉公
□6.祝言の時
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フゥ・・・
夢主が花魁の如く着飾り、幹部のみなに酌をして回った日を思い出した斎藤が、悪戯に白い首筋に息を吹きかけた。
「ひゃぁっ!!はっ、一さんっ!!もっ・・・もうすぐ総司さんも戻りますからっ」
前を向いたまま熱くなった顔で怒る夢主を斎藤は楽しそうに笑った。
変わらないこの感覚が愛おしかった。
あの日からずっと変わらない。遠慮がちですぐに赤くなる。でももう、怒った後に見えるのは困った顔ではない。
素直に嬉しいと応えてくれる、はにかんだ笑顔。
斎藤はあの夜と同じように、夢主の体を後ろから抱きしめた。
「一さん・・・」
「フッ・・・何でもないさ、ただ少し・・・こうしてみたかっただけだ」
「・・・ふふっ、はぃ・・・」
夢主もまたあの夜との違いを感じていた。
あの時もどこかで喜ぶ自分がいた。それでも受け入れてはいけない、手を握り返してはいけないと必死に己を抑え、戸惑う斎藤に許しを請う目を向けるしかなかった。
・・・今は、こうして手を重ねて・・・一さんの重たい体を受け止めれられる。何も我慢しなくていいし、恐れなくていいんだ・・・触れたいって、触れて欲しいって願っていいんだ・・・
夢主は後ろから回された大きな手に小さな手をそっと重ねた。するとすぐに小さな手は大きな手に覆われた。手を重ねたつもりが包み込まれていた。
手を握ったまま、斎藤が夢主の首もとで目を閉じ顔を動かすので、くすぐったさで夢主は肩をすぼめた。
「ふふっ、一さんってば・・・」
「いいな、お前の匂いがする」
「へっ、変なこと言わないでください、恥ずかしいじゃありませんか・・・」
「そうか。しかしお前も心当たりがあるんじゃあないか」
「えっ、私ですか・・・一さんの匂い・・・ってことですか・・・」
「その様子は心当たりがあるな。フン、いつも俺の布団に潜り込んでいたんだろう」
「あぁっ、それはそのっ・・・いつもじゃありませんよ、どうしても淋しかった時に・・・一さんがいない夜に・・・それだけです・・・」
「そうか、それだけか。まぁ俺の布団にお前の残り香というのも悪くなかったぞ」
「はっ・・・ずっと気付いていたんですか」
「当たり前だろう、俺達は目が利くが耳も鼻もなかなかのもんだぞ」
「わぁ・・・そっか・・・そうですよね・・・あぁっ今更言わなくてもいいのに!恥ずかしいじゃありませんか!」
「ククッ、知っておいたほうが面白いだろう。他に何があったかな」
「もう言わなくていいですからぁ!!」
二人が懐かしい話に盛り上がっていると、戻ってきた屋敷の主がひょっこり顔を覗かせた。
「何の話ですか、僕も混ぜてください」
「わっ、総司さん!!おかえりなさい、あの・・・」
「あぁ〜!懐かしい屯所の話でしたね」
「えっ・・・どうして」
「あはははっ、嫌だな〜今しがた耳がいいって話していたでしょう、僕だってそうですよ」
「もうっ、忘れてください!あの頃の事は・・・恥ずかしい事は言いっこなしです!」
「ん〜どうしようかなぁ・・・ひとまず一杯、いきましょうよ」
「あっ・・・」
「斎藤さん、呑めますか」
「あぁ。今日はとても気分が良い。いざとなったら頼んだぜ」
「あははっ、参ったなぁ。斎藤さんの刀は隣の部屋ですから大丈夫でしょう。力任せに来たら遠慮なく斬っちゃいますからね」
「フン、さてどうなるか」
「もぅ、不安になるようなこと言わないでください!!」
「あははっ、大丈夫ですよ!ではまず夢主ちゃんから・・・新津さんに頂いた器で乾杯です。ふふっ」
「総司さん?」
「いえ、土方さんが北の地で洋酒を呑んだと聞きましてね、きっと乾杯の所作も教わったんだろうなと思ったら・・・」
「そうですね・・・私達も改めて・・・みなさんに」
「ありがとう。それからもちろん、貴方がたお二人に」
乾杯・・・
「・・・ほぅ、こいつは・・・」
「はい、伏見の下り酒。容保様が手配してくださったんです」
「美味しい・・・」
京で散々に味わった美酒の味に斎藤も沖田も、その味に何度も倒れる事になった夢主さえも懐かしさを覚え、心から美味しいと感じた。
この日にぴったりの祝い酒。
久しぶりの酒と三人の時間は、夜明けまで続く。
外では、ようやく日が暮れ始めていた。澄んだ青空が段々と美しい橙色に変わってゆく。やがて空には大きく美しい月が輝くだろう。