斎藤一明治夢物語 妻奉公

□7.蛍火
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明るい陽の中、夢主は荷物を抱えて歩いていた。寒くも熱くもなく、小袖一枚でちょうどよい気候だ。

この日も朝から沖田の道場へ顔を出し、昼餉を用意して共に食してから道場を後にした。
日課となっている買出しに向かう。
普段は食材の買出しで終わるが、温かいこの日、夢主は思い付きで古着屋を覗いた。

これからどんどん暑くなっていく。
自分は道場に残っていた多くの着物を譲り受けたが、斎藤の着物は増えていない。新しく仕立てるには金が掛かるが、古着であれば悩む必要が無い。
元々庶民は古着を買う習慣がある江戸の時代、明治になっても古着は活躍していた。

夢主は斎藤に合いそうな藍や黒などの落ち着いた色合いの着物を次々手に取り、最後に涼しげな「しぼ」と呼ばれる皺の様な縮みが入った麻の着物を選んだ。

斎藤が好むいつもの色より若干明るい紺碧色の長着。
警官の制服と新選組浅葱の羽織の中間、色味の落ち着いた青色だ。
持っている着物の中には無い色だが似合うに違いない。
代金を支払い畳んだ長着を受け取って、風呂敷に包みながら夢主は嬉しそうに微笑んだ。

季節の買い物を終えて荷物を抱え通りに出ると、並ぶ店を眺めながらゆっくりと歩いた。
歩き始めた夢主は晩の食材を買う前に、空いた腹を満たそうか迷っている。

「ちょっと寄り道しちゃおうかな・・・」

道沿い並ぶ食べ物屋の数々、漂う様々な匂いに鼻がくすぐられる。今にも腹の虫が鳴きそうだ。
夢主は懐かしい匂いに足を止めた。甘い匂いは醤油の香り、京の町で何度も楽しんだみたらし団子の香りだ。

「そういえば食べてない・・・一さんとも総司さんとも」

斎藤は頼めば連れ立って食べに来てくれるだろうが、忙しさを知っているが故に頼み難い。
困らせてはいけないと時間を奪う我が儘は控えている。

一方の甘味大好き沖田は、人妻となった夢主と距離を置くべきと心得ているのか、必要の無い二人きりでの外出を避けているようだった。
一人で甘味処に立ち寄り団子を頬張る。この時代での生活が始まって以来、いまだ経験の無い行動だ。
元の世界の暮らしでは当たり前だっただろうが、今の夢主には少しの勇気を必要とする行動だ。

「いいなぁ・・・」

空腹の夢主は不躾と知りつつ、美味しそうに団子を味わう店先の客の一人を横目で捉えた。
気付かれぬよう、良い香りを放つ飴色に輝く団子を眺めてしまった。

「「美味しそう・・・」」

小さな溜め息の後に思わず漏らした呟きが、別の小さな声と重なり、驚いた夢主は無意識に声の主を探した。
団子を欲しがった見ず知らずの二人は、互いに顔を見合わせた。

「あっ・・・」

「あのっ」

「・・・ふふっ、声が重なっちゃったね」

夢主と目が合ったのは幼い笑顔を見せる子供だった。
大きな目で恥ずかしげに笑う姿は女童の様に愛らしいが、短く整えられた髪とつけている袴で男の子であると分かる。

「えへへっ、すみません。美味しそうだったのでつい・・・」

「私も。つい・・・ふふっ」

「あははっ・・・」

男の子の小さな笑いに自分の笑い声を重ね、夢主は寄り道を決めた。

「お団子買いに来たの?」

「いいえ、色々と言い付かった品を買いに来たんです」

「そうなんだ、私と一緒だね。私も買出しの帰りなの」

男の子が手にぶら下がる荷物を持ち上げて見せたので、夢主もにこりとして手元にある風呂敷を見せた。

「僕も帰るところなんです」

「そっか・・・」

・・・丁稚奉公、っていうやつかな・・・

家のお使いとは違う雰囲気だ。
夢主が男の子を見ている間も、当の本人は余所見をして団子に目を向けている。
 
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