斎藤一明治夢物語 妻奉公

□8.大きな蛍※R18
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川のほとりで寄り添う二人。
蛍明かりに囲まれて時を忘れ、周りの世界から隔たれた静かな時を過ごしていた。
言葉を交わすでもなく、ただ体を寄せて辺りを眺めている。腕を通して伝わる互いの体温がとても心地良い。

蛍が水面まで近付くと、川はまるで月のようにその光を映した。
ハッと息を飲み夢主が夫を見上げると、夫は優しい瞳で静かに頷き、感動を共にした。
そんな安らぎの時を崩したのは、聞き覚えのある男の声だった。

「ん〜・・・今夜は随分と大きな蛍がいたもんだ〜あははははっ」

「えっ・・・」

知った声に振り向けば、向こうに見える小さな橋を沖田が一人渡っている。
頭の後ろに手を組んで歩く体は、大きく左右に肩が揺れている。鼻歌でも歌っているのだろう。

「総司さん・・・酔っ払っているんでしょうか」

「阿呆」

斎藤は身を乗り出して沖田の姿を確認しようとする夢主を押さえ、無理矢理に身を屈めさせた。今にも呼び掛けんとする口を手で塞ぐ。

「いいから放っておけ」

むごむごとくぐもった声で何か訴える夢主を諭し、頷いたところでようやく手を離した。

「み、見られちゃったのでしょうか・・・」

「見えちゃいないだろう」

月が暗いとは言え新月ではない上に、これだけの光が舞っている。
散々暗闇の中を駆けたあの男なら確実に見えたはずだ。何より自分なら見えている。理解しているが斎藤は惚けた。

沖田が屋敷からあの橋へ向かったのならば、そばの小路から抜けて来たに違いない。
二人に気付き、気配を殺して向こうの橋へ向かったのか。

「どこへ行かれるのでしょうか、随分楽しそう・・・昨日も見かけたの、この辺りなんですよ」

「構うな、放っておけ」

「そうですか・・・」

遠くを覗こうと身を乗り出す夢主を、斎藤は再び力尽くで押さえた。

「日が暮れて男が一人で楽しげに歩いているんだ。放っておけ。帰るぞ」

斎藤は立ち上がり、視線で夢主を家路に誘った。
僅かな間だが黙って見つめ合った後、夢主はようやく立ち上がった。

・・・夜更けに男の人が出掛けるって言ったらやっぱり、女の人・・・でもだったら今更隠さなくてもいいのに、喜んで応援するのに・・・

「どうした」

「いいえ・・・」

何か言いたげな妻の視線に斎藤はふぅと肩を竦めた。

「一さん、もしかして総司さんって・・・」

「あまり詮索せん方がいいぞ、この件に関しては、な」

「でも・・・一さんのお仕事だってそういう事するじゃありませんか、気になりませんか」

「阿呆ぅ、俺の仕事と私事の詮索を一緒にするな」

「わかってますけど、気になるじゃありませんか。夜な夜な・・・私、思うんですけどね」

「そこまでにしておけ。もうこの話はせん」

「つまんないです・・・」

「つまらん楽しいじゃない、好奇心で深入りするなと言っているんだよ。これ以上言うならもう一度口を塞ぐぞ」

「ぁあっ、わかりましたからっ、お家に帰りましょう」

ぎろりと眉間の皺を見せられては黙って従うしかない。
今度口を吸われたら、先程のような優しい物では済まないだろう。

「ごめんなさい、ちょっと軽はずみでした・・・折角ですから・・・」

「っ・・・」

夢主は遠慮がちに前を行く斎藤に近付き、指先に触れた。
川から離れ人気も無い、淡い明かりの細い月夜。
今までに一度もした事がない、手を繋いで歩く・・・。斎藤からすれば子供染みた夢主の望みだった。
驚いて振り向けば夢主が申し訳無さそうに、はにかんでいる。その気持ちは伝わったが、斎藤は強く手を握り返すことは出来なかった。

「・・・行くぞ」

触れてきた指先を振り払うと、変わりにほんの少しだけ夢主の指先を掴んで歩き始めた。

「一さん・・・」

「フン、今回だけだ」

顔を上げて真っ直ぐ前を見る斎藤の表情は窺えないが、きっと照れているのだろう。
夢主はそれが分かると嬉しさで小さな笑いが止まらなくなった。

「笑うな、離すぞ」

「ごめんなさいっ、もう笑いませんから・・・っふふ・・・ふふふっ・・・」

「ちっ」

・・・敵わんな・・・

斎藤は珍しく顔が熱くなるのを感じた。
必死に笑いを堪えて肩を揺らして歩く夢主をチラリとに目の端に入れ、その姿にこっそりと目尻を下げた。
 
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