斎藤一明治夢物語 妻奉公

□8.大きな蛍※R18
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明朝、斎藤が出て行く時間になっても夢主は深い眠りの中にいた。
しっかり睡眠を得た斎藤はいつもの調子に戻っている。
だが対照的な妻の姿。斎藤は激しい行為が過ぎたと若干の後悔と罪悪感を抱いた。
寝間の隅に朝飯を乗せた膳をそっと置く。

「夢主・・・」

「ん・・・」

呼びかけると微かな反応があるが、それだけだった。
目覚める気配は無い。このまま寝かせてやろう、そっと出かける挨拶のつもりで一言声を掛けた。

「俺は仕事だ。行って来るぞ・・・」

「はぃ・・・さぃと・・・さんっ・・・」

立ち上がりかけた斎藤は懐かしい呼び名に驚き、咄嗟に夢主の顔を見た。
眠っている。

「昔の夢でも見ているのか・・・」

「・・・ふふっ・・・」

「そのようだな、フッ、またな、夢主」

安らかな顔で懐かしい夢でも見ているのだろう。斎藤は温かい気持ちで家を出た。

仕事に行く斎藤はいつもと同じ通り抜けをすべく、沖田の屋敷の裏口をくぐった。
ついでに捉まえて話を少々聞いてみるか、そんな気でいると早々に家の主から声が掛かった。

「斎藤さん!随分とお早いですね」

「君もな」

通常の勤務よりも早出をする朝がある。
今日もその早出の日だった。

「夢主ちゃんは・・・」

「まだ夢の中だ」

「いいんですか、朝起きて貴方がいないと淋しいんじゃありませんか」

「阿呆ぅ、あいつもそこまでじゃないさ。それに」

「それに」

「・・・握り飯を置いてきた。それで充分だろう」

「・・・っぷははははっ!!斎藤さんは相変わらずやる事がキザだなぁ!!」

「どこがキザだ」

「ははっ、まぁいいや。ねぇご存知ですか、土方さんに聞いたお話なんですけどね、奥さんを愛しすぎて死なせちゃった人がいるそうですよ」

斎藤の上から下まで見回す沖田は何か含みのある笑みを見せている。
昨夜の情事を聞かれでもしたか、いやまさか、さすがに声は届くまい。
覗きに来る男でもない。だがそういえば一昨夜は・・・斎藤は微笑む沖田に睨みを利かせている。

「フン、新妻を眠らせず抱き続けた、花街じゃ有名な歌人の話だろ。俺はそんな阿呆じゃない」

「そうですか、それならいいんですけどね。それにしても花街ってのは色んな話が聞けるんですね〜」

「当然だ。今も昔もあそこは情報の源だ」

「へぇ〜、じゃあ僕も面白い話を探してこようかな」

「慣れない事はやめておけ」

「えーそういう斎藤さんは得意なんですか、そういった情報の集め方は」

「馬鹿を言え、そんな面倒臭い仕事はご免だ。殺しの方がよっぽど性に合ってるぜ」

情報集め、特に花街で妓を己に酔わせて情報を聞き出す。
新選組にも得意な人間が幾人かいた。
貴方も得意でしょうと沖田が意地悪に笑っている。
斎藤からしてみれば面倒な仕事だ。粛清を行う任務のほうが引き受ける気になったものだ。

「あははっ、とんだお巡りさんだなぁ、殺しが性に合うとは!それで、真面目なお巡りさんは早くお仕事に行かなくていいんですか」

「フン、君は今朝は・・・いや夕べは屋敷にいたようだな」

「嫌ですねぇ、何の話でしょう」

「誤魔化すな。一昨日はどうだ」

「詮索は無用ですよ、斎藤さん」

「ま、確かにな。・・・程々にしておけよ」

「貴方に言われるまでもありません。斎藤さんが考えているような心配は無用です」

「そうか。ならいいがな。帰りも通らせてもらうぞ」

「はいはーい!行ってらっしゃい」

明るい朝日に似合いの笑顔。
縁側に腰掛けて手をひらひらと振る沖田に見送られ、斎藤は仕事に出かけた。
 
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