斎藤一明治夢物語 妻奉公

□10.斎藤の嗜好品
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夜のうちに嵐は過ぎ去り、眩しい朝日が町に降り注いでいる。
勢いよく雨戸を開ける音で目が覚めた夢主、斎藤が朝の日課をこなしていると気付き、慌てて手伝いに入った。

「おはようございます。いいお天気ですね」

「あぁ。ちゃんと眠れたか」

「はいっ、おかげさまで」

荒れる夜の不安を打ち消してくれた昨夜の優しさに顔が緩む。目が合うと夫も目元を緩める、穏やかな朝だ。
雨戸を開けば部屋には日が入り、畳の色が明るく変わっていく。
いつもと変わらぬ部屋を見回し、庭に目を移した夢主は驚きの声を上げた。

「うわぁ・・・」

「こいつはまた」

「凄い落ち葉・・・」

本来なら空気が冷たくなる季節まで枝にあるべき緑色の葉が、大小構わず庭中に散らばっている。
激しい雨に打たれ、吹き荒れた風に飛ばされた木の葉達だ。

「わぁ・・・お掃除頑張らないと・・・」

「今日は大変だな。ひとまずお前は飯の支度を頼む」

「一さんは」

「壊れた場所が無いか家を見てくる」

「はい」

夢主が返事をすると、斎藤は玄関に向かった。庭下駄が飛ばされていた為、玄関から外に出るのだ。
家の庭はもちろん、裏の壁や塀を覗き、屋根まで調べて戻ってきた。

「大丈夫そうだ。さすがは会津候が用意してくださった家といったところか」

「頭が上がりませんね」

「フン、全くだな。裏の路地はたいして風が吹き込まなかったのかさほど荒れちゃいないが、表はいろんなもんが飛んできている。外に出る時は足元に気を付けろよ」

「はい、わかりました」

素直に応え首を傾げる姿を目に入れて斎藤はフッと笑んだ。今日の夢主は一日掛かりの掃除となるだろう。
二人食事を終えると、出かける斎藤を見送ろうと夢主も玄関へ向かった。
夫を見送ったらすぐに庭を片付けようと意気込み、既に襷を掛けている。

「はい、お帽子です」

「あぁすまんな」

「えっ・・・一さん」

帽子を渡す細い手がぴたりと止まった。
どうしたものかと斎藤が帽子を自ら手に取るが、夢主の手が離れず一緒についてきた。

「どうした」

「一さん、もしかして熱っぽいんじゃありませんか、手がいつもより熱いです・・・」

「そんな事は無い」

「待ってください、もしかして昨夜の雨で・・・」

「雨の中など慣れている。どれだけ雨中行軍したか知らんのか」

「でもっ!」

無理矢理体を引き寄せる夢主に舌打をするが、抵抗すれば転ぶのは夢主だ。
斎藤は仕方無しに取られた腕をそのまま許し、体を寄せて上がり框に腰掛けた。

「やれやれ、それで」

「それでって・・・しっ、失礼します・・・」

なっ・・・斎藤は顔をしかめるが、夢主は構わず幼い我が子を扱うような仕種で、額に手を当てて熱を計った。
もっと確実にと、折角かぶった帽子を外して小さな額を斎藤の額に押し当てる。

「ほら、やっぱり熱いです!熱があるじゃないですか!」

「阿呆、熱くらいで休んでいられるか」

「あっ・・・」

斎藤は気は済んだかと冷めた視線を送り、脇に置かれた帽子をかぶり直して立ち上がった。
しかし改めて指摘されると鼻の奥からぼんやりと発熱して感じるから不思議だ。
気を引き締める為、斎藤は帽子のかぶりを深くしようと動かた。
 
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