斎藤一明治夢物語 妻奉公

□27.幸せの景色
7ページ/7ページ


月が替わると、夢主が密かに待ち望んでいた政令が布告された。
その報せを聞いた夢主は出勤する斎藤にくっついて沖田屋敷を訪ね、嬉しそうに告げた。

「仇討ちの・・・禁止」

斎藤から布告の話を聞いたのだが、法律の存在を知っていた夢主は自ら沖田に語った。
傷がすっかり癒えた沖田は既に袴を身に付けるまでに回復している。

「はい、これで総司さんが狙われる事も・・・いえ、狙われることは無くならないかもしれませんが、その時は正々堂々と警察に協力も頼めるし、引き渡せるんです」

「そうですか。まぁ、どうしても恨みを果たしたいというのなら僕は受けても構いませんけどね」

自覚できる恨みと言えば幕末の意趣返しくらいだ。人当たりが良く好かれやすい沖田に個人的な因縁は思い当たらなかった。
道場を営んでいるからには受けた勝負から逃げたくはない。喧嘩上等、兄貴分の土方の教えではないが、剣で売られた喧嘩を買わない気はなかった。

「駄目ですよ、それで相手を斬ってしまえば総司さんが捕まっちゃうんですから!」

「えぇっ、そうなんですか!斎藤さん!」

黙って話を聞いていた斎藤に訊ねると、面倒臭そうに頷いた。

「あぁっ?まぁな、もともと勝手な殺しはご法度だろう、相手に息の音があれば何とか言い逃れは出来るだろうが、一番いいのは騒ぎになる前にさっさと逃げることだ」

「随分といい加減な・・・」

「ま、俺には当てはまらん法令だ」

警官とは思えない適当な助言だが、厄介ごとに巻き込まれない確実な方法だ。命は取らずに事を済ませ早々と立ち去る。
二人は知らないが、明治の世で緋村が行っている処世術だ。挑まれたら受けるし、困っている人がいれば助ける。だが騒ぎになる前に姿を消すのだ。
斎藤は「もういいだろう」とおもむろに煙草を取り出して咥えた。

「じゃあ俺は行くぜ」

「はい、行ってらっしゃい」

よその男の屋敷に妻を残していくとはなかなか面白い状況だ。
フッと笑った斎藤は、煙草を嫌うふたりから遠ざかり、初めて火をつけた。

「仇討ちの禁止か」

御陵衛士の残党も大人しくなるだろう。長州の連中も澱みの中から這い出るきっかけにでもすればいい。恨み晴らしなど阿呆臭い。
広い空に向けてフゥッと煙を吐き出した。細く長く伸びる筋。穏やかな風が吹き、白い筋を空の中へ消していった。

「俺に降りかかる火の粉が少しでも減るか。夢主にとってはいい法令だな」

かつて捕縛された者が恨みつらみと刃を向けてくる事も多かった幕末。
信念や思想を掛け戦ったはずが、負けた腹いせに報復行為に走る者は多く、それは明治なっても続いていた。

仇討ちの禁止。これで少しは面倒が減るだろう。
斎藤は澄んだ空を眺め、同じ空をしていた遠い日の斬り合いを思い起こした。
仇討ちとは正しいようで思えば奇妙な風習だ。無くなれば良い、警官としての俺の面倒も減る。だが・・・。

「俺は容赦なく斬り捨てるだけだ」

何故手を引かねばならん、万一にも大切な存在に危害を加えられたならば、相手を野放しにするものか。
そんな事を考えながら、斎藤は密偵の任へ戻って行った。
 
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ