斎藤一明治夢物語 妻奉公

□51.お前の中に映るもの
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夢主が左之助に心密かに謝っている頃、沖田も懐かしい人物と関わっていた。

日が暮れて一人町外れを行く沖田は見覚えある背中を見つけた。空に光が無くとも夜目が働く。

「あの男は・・・」

身構えた時、男も沖田に気付き顔を見せて挑発してきた。
来いと誘うように刀を見せて走り出す男。
うふふ、と低い声が辺りに広がった。

「忘れていません、鵜堂刃衛!!」

逃がすかと地面を蹴って走り出した沖田は別の強い剣気に足を止めた。強く踏み込んだ拍子に土埃が舞う。
抜刀しながら見返るとそこにいたのは良く知る男。煙草の赤い光を揺らめかせて暗がりから現れた。

「斎藤さん!」

「待て、あれを斬るな。泳がせている」

「何でですか!脱走は切腹!あいつは隊を脱したんですよ!夢主ちゃんを拐かした罪も」

新選組を脱した鵜堂刃衛、脱する際に仲間を幾人も殺した男。夢主を危険に晒した事もあった。
今も変わらぬ危険な剣気を纏う、刃衛は明らかに人斬りのままだった。

「阿呆、いつの時代の話だ、今は明治だぞ。君があの男を捕らえて殺すことは出来ん」

「生かしてはおけません、あの男、何かしでかす気でいる!」

「察しがいいな、さすがは沖田総司。安心しろ、当然こちらも察している。俺とは別に警察も動いている」

沖田の真剣な訴えに斎藤の顔が悦びで小さく歪んだ。
実戦を離れても元一番隊組長の実力は確かなようだ。気の衰えが無い。

「警察が」

「あぁ。俺は黒幕を知る為に泳がせているのさ。それにもう一人、ある男が関わりそうなんだよ」

「ある男」

「今の君には言えんな」

「言えないのなら訊きません、自分で問うまでです!」

この問答は意味がないと沖田は刃衛を追おうとする。
だが背中に受けた殺気で足を止めた。脅しではない、本気の殺気だ。

「っく・・・斎藤さん、貴方」

「今の君に選べるのは三つ。一つ、俺と同じ側に来るか。二つ、黙ってこの場を去るか。三つ、俺に捕われて警察署に拘束されるか」

「・・・僕にはどれも選べない」

「分からんか、今捕らえても次の人斬りが現れるだけだ。明治の世に新しい人斬りが。奴には手を出すな」

黒幕の把握以上にある男が動くことを望んでいる。男の現在の信念と剣碗を確かめ、いずれ手合わせする時を待っている。
頼むからから邪魔立てするなと語気を強めた。

「・・・絶対に目を離さないと約束できますか、夢主ちゃんに近付けさせないと」

「刃衛が今更夢主に興味を持つと思うか、秘密も知らんのだ」

幕末、夢主を脅かした身の上の秘密、それを刃衛は知らない。
当時刃衛が考えた壬生狼の女としての価値も今はない。遊郭には武家崩れの遊女が余っている。今更身売り目的で拐かされはしまい。

「それでも捨ておけません!」

「いいから任せろ」

「でも!!」

「安心しろ、夢主は俺の家内だ」

静かな声に沖田が我に返った。
誰よりあいつを案じている、顔にそう書かれていた。

不安を煽る人物の登場を一番気に留めているのは斎藤だ。誰よりあの男を斬ってしまいたいはず。
しかし重要な任務を果たす為、殺さずにいる。
感情に走ってしまった自分を沖田は自嘲した。

「そうでしたね、恥ずかしいな・・・斎藤さんは奴の後を追うんですか、僕はこのまま帰ります」

「奴を追わないなら好きにしろよ。俺は俺の仕事がある。刃衛の見張りも万全だ」
 
「えぇ、そうなんでしょう・・・」

力なく歩き出す沖田。斎藤にとっては誰よりも頼りになる男だ。

「俺はいつでも歓迎だぞ」

沖田は前を向いたまま手をひらひらさせて去って行く。
文字通り、夜の闇に飲み込まれてしまいそうだ。

「気落ちさせちまったか、まぁすぐ戻るだろう、沖田君のことだ」

夢主のそばで何度も己の代わりに身を守ってくれた男だ。
斎藤は小さくなった沖田に背を向け、自分が果たすべき任に向き合うべく夜の町へ戻って行った。

後日、泳がせる刃衛が夢主と鉢合わせるなど微塵も想像もしていなかった。
 
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