斎藤一明治夢物語 妻奉公

□84.エピローグ完
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悪一文字が情けなく揺れて消えていく。
肩を落として去って行く青年を見送り、沖田は屋敷の中へ戻った。
申し訳ない気もするが仕方がない。
部屋で息をひそめる夢主と斎藤のもとへ向かい、無事終わりましたと報告をした。

「これで良かったですか」

「悪いな、面倒な役回りをさせた」

「いえいえ、あの青年は揶揄うと面白いですから」

「フッ、相楽左之助も嫌な男に目をつけられたな」

「あははっ、貴方のことですか」

「君だろ」

「ぁあ・・・あの、左之助さんは・・・」

肩を落として去って行った若者を思えば軽口など叩けない。
いつもの調子で言葉の応酬を繰り返す二人に、夢主は淋しげな顔を見せた。

「んー、しょげていましたけどね、大丈夫でしょう。男って単純ですからすぐに元気になりますよ」

「そうですか・・・大丈夫かな」

「そうそう伝言です、何かあれば力になると左之助さんから」

「左之助さんが・・・」

あの男に人に貸す力があるのか、口先だけの甘言だぞと、真に受ける夢主に斎藤は冷静な視線を送った。

「ま、気持ちだけはってことでしょう」

「心配してくださるのに追い返しちゃって何だか申し訳ないです・・・」

しゅんとする夢主。
元はと言えば俺のせいかと、沈んだ夢主の顔を見た斎藤はおどけるように肩を軽くすくめた。

「若造にはこんな経験も成長の糧になるさ」

「そうでしょうか・・・」

「時には我慢も必要だろ、お前はあいつに世話されたいのか」

「ち、違います!私は一さんと一緒に、それに総司さんや、これからは栄次君も」

「それに腹の子も、か」

「はっ・・・はぃ」

二ッと笑う斎藤の瞳はいつもより柔らかく輝いていた。
全て包み込んでくれるような優しい光、父になる斎藤だから湛えることが出来る光なのかもしれない。
息を呑んだ夢主を見て、斎藤はフッと息を漏らして目を逸らした。

「さて、帰るか」

「栄次君の顔を見て行ってくださいね」

「分かっている」

左之助と違い、なかなか大人の輪には入って来ない。
今も本当は沖田と共にこの場へ来たかったはず。
遠慮がちな少年に笑顔を。夢主と斎藤は自ら足を運ぶことにした。

「もうすぐ、みんなが心から笑顔になれますね。少し淋しい気もしますが・・・」

夢主の呟きに斎藤が首を傾げる。

「ふふっ、なんでもありません」

もう一波乱起こるが、大きな波を皆で乗り越える。
そしてやって来るのは、追い返してしまった左之助や剣心も心から笑える日。

抱えてきたものを乗り越えて、成長した皆はそれぞれが選んだ道を歩き始める。
とても素晴らしくて、ちょっとだけ淋しい未来。
でも新しい家族も増えるのだ。
別れても再会し、新しい絆が増えていく。

「行きましょう」

「あぁ」

淋しいのは少しだけで、きっと笑顔溢れる日々が待っている。
夢主は斎藤の腕を取るように寄り添い、二人は互いに微笑んでから歩き始めた。

茜色に染まった空、東の空には大きな月が既に姿を見せていた。
夜は月が、昼間はお日様が、二人や周りの人々を温かく見守ってくれるだろう。
明々と笑顔が絶えぬ優しい日々を。
 
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