斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編2・心境
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夢主と別れ、斎藤は足を速めた。
いつもなら夢主を家に送るが、今日はしなかった。
不意に問われた抜刀斎のこと。
考えを読まれたくなかったのではない。だが全てを見抜かれた気がして、立ち止まってしまった。

あいつは先を知っているだけではない鋭さを見せる時がある。
自分でも明快な答えが導けずにいる、近頃の抜刀斎に対して抱くもの。それを俺自身より理解している気さえする。

新選組は新選組、人斬りは人斬り。
そう思ってきたが抜刀斎は明治に入り、それを否定して生きてきた。もう人は斬らないと戯言を口にした。
時に人を斬ることも必要、奴はそれを拒んだが、明治になろうが変わらない事実。

「俺は俺の正義を貫くまでのこと」

斎藤は前を見据えて呟いた。
歩みは緩むことなく、見慣れた市中の景色が素早く通りすぎていく。

抜刀斎はどうにも脆さを抱えている。
幕末、人斬り抜刀斎の心根などどうでも良かった。
対立する正義を掲げて奴は人を斬り、悪即斬を果たすべき対象であり、他の誰よりも強い相手だった。
だから俺が首を獲ると狙った、誰よりも愉しい獲物。

今はどうだ。
思いも寄らぬ心の脆さから、奴は落人群へ堕ちてしまった。

守るべき者を得るのはいい。
俺も大切な存在ができて力を得た。

だが奴はひとつ思い違いをしている。
大切な者を失い気落ちして、己自身を大切に想って待つ者達の存在を忘れている。
厄介事にやたらと首を突っ込む性質のせいか、奴を待つ者は少なくない。
その事実から目を背け、いじけるとは情けない。

俺ならば例え夢主を失っても立ち止まりはしない。
俺を待つような物好きは夢主以外にいないだろうが、己がすべきことは見失わない。変化が起こるとすれば、これまで以上に任務に没頭するくらいだろう。

神谷薫の生死はもはや今の奴には関係ない。
立つか立たぬか、このままでは立ち上がったとて以前の奴には戻れまい。斃す価値もない男。
戻らぬのならばそれまで、幕末から続く勝負は俺の勝ち、ただ、それだけの事。

斎藤は突然歩みを止めた。

「ちっ、落ちた腕は取り戻したというのに、貴様自身が堕ちてどうする、抜刀斎」
 
さっさと上がって来い、貴様はこれで終わる程度の男ではないだろう。

斎藤は煙草に火をつけ、燐寸を弾き捨てた。

抜刀斎のせいで揺らぐ己の中の何か。
斎藤はそんな己の馬鹿々々しさに苦々しい顔で煙草を咥え、深く吸い込んだ。
夢主の顔を見て得た充足感を損ない、斎藤は再び舌打ちをした。
 
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