斎藤一明治夢物語 妻奉公
□人誅編3・心づき
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「一さん……」
「連中の離島アジトも判明した。警察で船を出す」
「緋村さん達も行かれるんですね」
「もし目覚めたら、だがな。ずっと堕ちていたせいで診療所に入ってから奴は目覚めんらしい」
斎藤は小国診療所を訪ねて期日を告げていた。
目覚めれば戦力になる男の同行を否定する理由がない。
人を斬らぬのは気に入らなくとも頭目を任せ、己は組織NO2の男を捕えてアジトの捜索に当たる。
感情を抜きにして考えられる最善の策だ。
「東京に乗り込んで来た連中は捕えた。あとは組織のボスと、上海から来たと聞くNO2の男を抑える。そうすれば沖田君も三島栄次も役目を終えて戻れるだろう。頼れよ」
普段より沈んで響く低い声が、夢主に語り掛けるうち、徐々に生気を取り戻していく。
斎藤は二ッと笑んだ。
「はい。大仕事ですね、頑張ってください」
「お前の方が大仕事が控えていると思うんだがな」
斎藤の視線が向いた腹を夢主はそっと撫でた。
産気づくのはもう少し先。
心配せず行ってきてくださいと微笑むと、斎藤は分かっていると頷いた。
「今回は志々雄の時のように長引くまい」
「はい。今夜も警察署に泊まられるんですね、無理なさらないでください、一生懸命なお姿は素敵ですけど……」
「フッ、色々と事後処理に加えて船を出す前に済ませるべき仕事が山積みでな、泊まり込まざるを得んだけだ。すまんな」
そばにいてやりたい時期だが難しい。
斎藤が後ろめたさで腹から視線を外すと、夢主が笑った。
「何だ」
「ふふっ、すみません。ちょっとお見せしたいものが……」
斎藤が訝しんで見守る中、夢主はにこにこと楽しそうに帯を緩めて着物を開き、襦袢を捲り腰巻を除けて腹を見せた。
「おい、冷えるぞ阿呆」
「ふふっ、少しだけです。見てください、最近物凄く元気なんです」
「良く動くのか、いいことだ」
分かったから着物を直せと伸ばした手の先で、夢主の腹に小さな盛り上がりが現れた。
斎藤も思わず動きを止める。
これ以上伸びないのではないかと感じるほどピンと張った肌が、明らかな変化を見せたのだ
「これは」
「ね、凄いですよね、見て分かるんです!お腹の中から押されてるのを感じるんですよ」
「勉の手か、足なのか」
見知らぬ存在に触れるよう斎藤がそっと手を添えると、まるで触れたのを察したように腹の内側からぽこんと衝撃が起きた。
「こいつは面白い。分かるのか」
「分かるみたいですね、触るとポコンって返ってくるんです。触る場所を変えると、返ってくる場所も変わるんですよ」
「凄いもんだ」
斎藤は夢主の体であることを忘れて、何度も場所を変えて触れ、現れる盛り上がりと内側からの衝撃を楽しんだ。
親馬鹿だと分かるが、赤子のうちから随分と賢い我が子だなどと考えてしまう。
思いもよらぬ感情が芽生えるものだと、斎藤は表情を和らげた。
「面白いな。おい勉、母上を任せたぞ」
「ふふっ、気が早いですよ一さん」
「いいだろ、沖田君も三島も出ている。任せられるのはこいつだけだ」
冗談だぜ、と目を細める斎藤はとても嬉しそうに口角を上げていた。
そのうちに本当に夢主を守れる存在になるだろう。
それまでは俺が守らねばならんのだが。
斎藤は満足すると優しく夢主の腹を擦って顔を上げた。夢主は擽ったそうに首を傾げた。
「面白いもんだ。だがもう満足だ、冷やす前に戻せ」
そう言って着物を戻す手伝いをして、夢主の身だしなみが整うと、斎藤はそっと口吸いをした。
「感謝するぞ夢主、気が引き締まったさ」
「一さんは十分過ぎるほど気を張り詰めていますよ。少し緩んでもらおうと思ったんです」
「そうか、どちらでも構わんさ。俺には……ありがたい」
「私は何も……。夜は寒いですから、お体に気を付けてくださいね」
「俺の台詞だな、温かくして過ごせよ」
微笑んで頷く夢主を頼もしく感じた斎藤は、俄かに微笑み返した。
騒動があり、我が家に異変が無いか確かめるつもりで立ち寄ったが、思いも寄らぬ楽しみを味わった。
多くの剣客と同様、斎藤もまた抜刀斎に憑りつかれている。抜刀斎は幕末の亡霊だ。
過去に捕らわれて晴れない想いを抱えていたが、先を見据える夢主に励まされた。
こんな時に一人で留守を守る妻を元気付けるつもりだったのだがと、斎藤は目を伏せてフッと息を吐いた。
「父と、母か」
自覚を試みてもどうにも実感は湧かないが、やがて訪れる時。
それを夢主と勉が教えてくれる。
出来れば子が生まれる前に今の任務に蹴りをつけたい。
一連の騒動を私怨から起きた戦闘として見過ごせる状況ではなくなった。
武器密輸組織の日本進出を必ずや食い止める。
斎藤は決意を新たに、任務へ戻って行った。