斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編4・管巻く先へ
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京都から蒼紫と操が到着し、左之助が戻り、弥彦が目覚め、剣心も目覚めた。
左之助に連れられた恵も加わり、約束の日、皆が船に乗り込んだ。

孤島へ向かう道中、着いてから、帰り道、斎藤の目に剣心と仲間たちの姿が嫌でも映る。
己にとっては抜刀斎、だが同行する連中にはただの流浪人、慕う娘にとってはただの愛しい男。
見えた光景に擽ったい、そして胸がむかつく思いがした。

「フン……」


孤島へ向かう船上。現場を指揮して忙しい斎藤はついでの時にだけ、甲板に集まる皆を目の端に入れていた。

体力の回復に努める抜刀斎は大人しく座っている。
神谷の娘の無事を確信して、どこか穏やかにも見えた。
その穏やかさに平常心を感じて安堵するが、穏やか過ぎる姿に不満も感じた。人斬りの気配は全くなく、一介の浪人と言う言葉が似合う佇まい。
本当に雪代縁に勝てるのか、疑問を浮かべるがすぐに心配無用だと思い至った。
志々雄との闘いの前に馬車で現れた抜刀斎が見せた目、あれと似ている。
あの時以上に落ち着き払っていた。

……激情家が、いやに落ち着いたもんだ……

孤島に上陸してからも、任務に当たる傍ら抜刀斎の様子が気に掛かった。
幕末からの宿敵を掴まえて抜刀斎は仲間と言った。おかしな気分だった。
しかし確かに共闘した。
心地悪い仲間という言葉も否定できなかった。

孤島の浜辺、林の奥に娘が現れても抜刀斎は落ち着きを失わなかった。
今度のこれは一時的なものではないのか。
最後まで冷静に雪代縁と向き合い、怒り狂った義弟が死ねと訴えるが、それは出来ぬと撥ね返した。

帰りの船ではどうだ、仲睦まじく娘と寄り添う姿を見てしまった。
気まずさは無い。少し、懐かしさを感じた。
不覚にも寄り添う二人を見て、己がそうだった頃を思い出てしまった。
思いは通じているが手を取り抱き合うことはままならぬ関係。

いや、手ぐらいは握っていそうだな……
浮かんだ無粋な考えに斎藤は小さく笑った。
己も昔、夢主に触れたくて触れられない時期があった。
強引に触れてしまった日や、薬などと理由をつけて夢主に触れた若い日の出来事。
あれはあれで楽しかったと今では思える。

懐かしい感情のせいか、もうひとつ懐かしさが蘇った。ある男が不意に脳裏に浮かんだのだ。
神谷越路郎、あの娘の父親の最後の姿だ。
若者達の命を繋ぐ為に一人で道を切り開いた男、道を分かつ直前に語っていた一人娘の存在。

「よろしく頼む、か」

あの男の気持ちが今ならば少しは分かる。
当時も理解した気でいたが間違いだった。

一人立ちしたが、支えてくれる者がいなかった神谷の娘のもとへ現れた緋村抜刀斎。
幸か不幸かは誰にも計れない。
あの男がいなければ救われなかった事件があり、あの男がいたばかりに降りかかった災難もある。

しかし何より重要なのは娘の心か。
斎藤はフンと鼻をならした。
神谷の娘は抜刀斎に惚れこんだ。愚かしい。だが、とても幸せそうに身を寄せていた。


夢主は家の時計を見上げていた。
外は既に真っ暗で、夜の鳥の声も聞こえぬ淋しい夜だ。
孤島での戦いはその日のうちに終わるはず。
しかしいつまで経っても斎藤は戻って来ない。事後処理に忙しくて戻れないのか。
夢主は時を刻む音に耳を澄まして過ぎゆく時を感じた。
この夜、夢主は早々に布団を広げた。

冷えた空気から逃げえるように布団に入ると、温かさに包まれて考えも変わる。
斎藤を待ち呆けていた夢主は、近頃の斎藤の心を思い量った。
剣心と縁の闘いを通じて、斎藤は避けていた現実と向き合う機会を得たのだろう。

「剣心は、抜刀斎は一さんにとって特別……ずっとずっと待ち焦がれた相手」

自分とは違う意味合いで必要な存在。
夢主は恋敵のようだと静かに笑った。

「だけど一さんは」

孤島から戻り、その恋敵と決別しようと一人考え込んでいるのかもしれない。
縁の騒動が始まってから見え隠れした斎藤の悩む姿が今宵も思い浮んだ。


夢主の出産を前に、斎藤はこれまで考えたこともない様々な考えに意識を向けていた。
夜の警視庁はいい。人が少なく、それでいて明るい。
闇に呑まれず考え耽るにはうってつけの場所。
斎藤は窓際で煙草を吹かしていた。

己が父になる不思議さ。
命が繋がれることを想い沸いてくるこの感情は、なんと呼べば良い。
斎藤は喜びとは別の奇妙な感情も抱いていた。

長く暗い道を抜けてようやく夢主と結ばれた。
やがて芽生えた新しい命。嬉しいに決まっている。
だがそれだけではない、この感覚は戸惑いなのか。
柄にもなく考え込む斎藤は、夜風に当たろうと警視庁の一室で大きな窓を開けた。
間髪入れず、強い風が吹き込んでくる。寒いくらいの冷たさが心地よい。

俺には守るべき者がいて、より庇護を必要とする子が生まれてくる。
守るべき者とはなんだ。
守るものを背負う者とは。

「緋村、抜刀斎」

あの男を討てば、幸せを一つ奪うことになる。
ここ数日で嫌と言うほど見せつけられた穏やかな姿。
いや、明治の世で再会して以来、奴はずっと人は斬らぬと明言していたではないか。

「もう、抜刀斎とは呼べぬのか」

囚われているのは己で、奴は一足先に幕末という沼から抜け出したのか。
俺はまだ、拘っているのか。

斎藤は吸い殻が数本転がる灰皿に、手元の煙草を押し付けた。無意識に次の一本を咥えている。
冬の訪れはまだ先だ。
しかし開かれた窓から強い寒夜風が吹き込み、斎藤の顔を叩いた。
 
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