斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編5・命
4ページ/4ページ


繰り返される痛みの波、鈍い痛みが激しいものに変わっていく。
夢主の顔の歪みが大きくなった時、蒼紫が恵を連れて戻って来た。

「夢主さん、もう大丈夫よ!皆もありがとう、後は任せてちょうだい」

「恵、さんっ」

「さぁもう心配いらないわ、頑張りましょう」

「はっ、はぃ」

頼もしい恵がやって来た。
声を聞くだけで、夢主は涙が出そうなほど大きな安堵に包まれた。

外に目を移せば恵を呼んできた蒼紫が夢主を見つめている。
目が合うと大きく頷いた蒼紫、夢主を励ます目礼だった。

蒼紫から力を受け取った夢主の耳に、今度は喧しいくらい大きな声が飛び込んできた。
警視庁へ行き、戻ってきた左之助だ。

「行って来たぞ!あの野郎留守だぜ、でも言伝残したからな!」

「ありがとっ、ございます……」

見るからに夢主の苦しさが増している。
左之助は礼なんざいいらねぇと、拳を見せて夢主を鼓舞した。

「お湯、ここに置きますね。新しい湯も沸かしていますから。晒が足りなければ言ってください。僕達は外にいます。いつでも声を掛けてくださいね」

「頼もしいわね井上さん。貴男たちもありがとう。さぁここからは私たち女の仕事、お願いしますお婆さん、操ちゃん」

「任せてっ!って恵さん、お願いね」

操はどんと来いと胸を叩くが何をすれば良いかは分からない。
恵に向かい手を合わせ、皆を笑わせた。

「ふふっ、っつ……」

「笑うと痛いわね。でも順調よ、その痛み」

笑いに包まれたお産部屋。
沖田は障子を閉めて、男達は姿を隠した。

具合を確かめて指示をくれる恵に任せ、夢主は必死に自分を抑えている。
まだ力まないでと言われ、意識が飛びそうな激しい痛みに耐えている。
夢主は不安を感じる余裕も失せていた。

苦しそうに息を荒げる夢主の隣で心配そうに見守る操。
恵は絶えず夢主の体に気を配った。

生まれ育った世界から離れて迎える初めての体験。
痛みで気を失いそうな夢主は、走馬灯に似た記憶の波に襲われた。

そよそよと体を撫でる風を感じる。
隙間風だろうかと思い視線を動かすまでにも至らない。
体を撫でる風はどこか優しく、懐かしい温かさがあった。
遠く遠く離れた場所で、とても昔に感じた温もり。優しい記憶の風は、穏やかに夢主に吹いていた。

見知らぬ地で目覚め、朧な記憶と鮮明な知識が仇となり、明日をも知れなかった自分。
生き抜くために出来ることは何でもしなければと覚悟を決めて傷付いた。
憧れた人の傍で過ごすうちに育まれた恋心。
愛しさは堪えきれず、悲しい思いも辛い思いも繰り返した。

遠回りをしたが、それでも想い人と気持ちは通じた。
斎藤は不安も傷も悲しみも全てを受け入れてくれた。
厳しい時代の変わり目を乗り越えて、結ばれた。

子を授かるのは無理だと諦めた時もあったが、新しい命は宿った。
自分と斎藤が結ばれた証が、皆に支えられてこの世に芽吹こうとしている。

夢主は曖昧な意識の中、はっきり聞こえる声に応じて呼吸を整えていた。
自分でも何が起きているのか分からない状態で、言われるがまま息んで緩めて繰り返す。

小さな痛みに襲われてからどれ程の時が経ったのか、部屋を照らす日が傾き、空が茜色に染まり始めていた。

痛みとも疲労とも分からない体で夢主が大きく息んだ時、遠くから声が響いた。


──夢主

「……はじめ、さっ、んんんっ」


良く知る声に呼ばれた夢主は、大きな痛みから解放されるのを感じた。

鮮やかな夕焼け空に、元気な産声が響き渡る。
健やかな声に、見守る者達の目には光るものが浮かんでいた。
 
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ