斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編 完・繋ぐ日々、廻る月
6ページ/6ページ


朝方、斎藤は家に戻った。
夜の冷たさが残り警視庁を出ると地霧が見えたが、それも家に着く頃には消えて、濡れた地面が時折きらきらと輝いて見えた。

勉を抱えて出迎えた夢主は斎藤にいつもと違うものを感じた。
縁の組織を追っていた頃に纏っていた重たい空気、徐々に軽くなっていったが、今朝はすっかり消えていた。

「一さん、夕べもお疲れ様でした。……何かあったんですか」

一晩一人で何を考えたのか。とにかくこうして家に戻ってきてくれた。
何が起きたかを知る夢主は恐る恐る顔色を窺い、話を待った。

「抜刀斎は、消えてしまったらしい」

「え……」

清々しさすら感じる斎藤の声。
あっさりと抜刀斎の存在を否定した。
屋敷に上がろうと斎藤が動き、隠れていた朝日が夢主の目を眩しく射る。目を細めて部屋に上がる斎藤の姿を追うと、眩しさは落ち着いた。
斎藤は何かが吹っ切れたようにニッと口角を上げた。

「あの頃と同じとは、いかないもんだ」

「一さん……」

少し淋しそう。
そう思った夢主は悪戯に首を傾げた。

「恋に破れたみたいですね、一さん」

口元がフッと和らぎ、斎藤の心が緩む。

「阿呆」

夢主の言葉は、あながち外れでもないと、斎藤は夢主を引き寄せた。
抜刀斎との決着は惜しいが、相手が消えてしまっては仕方がない。
俺の勝ちと言いたいが、それも違う。

「ならばお前の勝ちだな。時代はお前を選んだようだ」

「ふふっ、何の勝負ですか、大袈裟ですね」

「大袈裟で構わん」

いつだったか沖田と斎藤の間で勝負着かずとなった日があった。剣ではなく雪投げの戯れ。
勝負が曖昧になったのは夢主がそこにいたからだ。全て夢主が持って行ってしまった。

今度は勝負のお預け。相手は抜刀斎。もう二度と殺す気で奴に立ち向かう日は訪れまい。
緋村剣心として奴が何を成すのか、俺にはどうでも良い。
あの阿呆が俺の正義の刃の前に立つことはもうあるまい。馬鹿みたいに真っ直ぐ突き進む男だ。

奴が神谷の娘と夫婦になりこの地に腰を据えるならば、夢主が奴らと付き合うだろう。
俺の範疇ではない。

これからも俺を動かすのは己の正義、そして夢主や勉の存在。
勉を産んでくれた夢主、ならば全ての勝負はお前の勝ちでいい。

斎藤はククッと短く笑った。

幸せかと聞けなかった遠い日がある。今ではお前が幸せだと笑ってくれる。そして俺も言い切れる。
斎藤はふっと顔を傾げ夢主を見つめた。

「幸せそうだな、夢主」

「ふふっ、一さんも」

夢主の幸せを感じた斎藤は、これからこだわるべき存在に優しい眼差しを向けた。
朝の清らかな光が射す部屋、夢主の腕の中で勉が愛らしい声を上げて手を伸ばした。
その姿は空に手を伸ばしているようにも見える。

「夕べはいい満月だったな」

「一さんもご覧になったんですね、とっても綺麗でした。勉さんもぼんやり見上げていたんですよ」

「そうか。いつか勉にも二夜の月見を教えてやりたいもんだ」

「はい。一さんの月色の瞳も……でも、」

ある夜に見つけた斎藤の美しい瞳の秘密。勉も見つける日が来るに違いない。
夢主はにこやかに微笑んだ。

「勉さんは、自分で見つけるかもしれませんね」

勉はこれからいろんな事を見つけて、知って、身に付けていく。
知り得ない昔話は自分がしてあげると、夢主は勉に密かに約束をした。
厳しくて優しい父と母の昔話。伝えたいことは沢山ある。

ククッと斎藤が喉を鳴らすと、夢主に抱えられた勉の手が斎藤に向けられた。
ふわふわと揺れる手。
大きな手で握られると、表情乏しいはずの生まれたばかりの勉が、にこと頬を緩めた。

思わず夢主と斎藤は目を合わせる。
それから揃ってくすくすと笑って肩を揺らした。
柔らかな朝日の中、温かい笑い声はいつまでも消えなかった。




斎藤一明治夢物語 妻奉公・人誅編 完





・‐‐‐✿‐‐‐•‐‐‐・‐‐‐・‐‐‐•‐‐‐✿‐‐‐・

ここまでご覧いただきありがとうございました。
斎藤一明治夢物語 妻奉公 完結です。
まだ書きたいお話がありますので、これからは短編でのんびり更新して参ります。
今後と斎藤御飯をよろしくお願いいたします! ゆぅ
 
次の章へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ