斎藤一京都夢物語 妾奉公

□5.美味しいおにぎり
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昨日の昼からの出来事が嘘のように静かな朝だった。

夢主が現れてから、嵐のような一日が過ぎた。
朝餉の場となる座敷では、いつも通り幹部達がそれぞれ用意された膳の前に座っている。客間の倍はある広い座敷だ。

男達は揃って眠たげにもそもそと箸を動かしている。
目が腫れていたり重たい瞼を必死に開けていたり、昨晩の一件で皆どうにもこうにも寝付けなかったのだ。

ただ一人、土方だけは清々しい顔をしており、他の者からしてみれば憎らしさが増す。
そんな周りの気だるい視線に気付いた土方が怒鳴った。

「何だてめぇら、揃いも揃って寝てねぇのかよ!」

・・・お前の所為だ!!・・・

その場にいる全員が示し合わせたように、心の中で一斉に怒鳴り返した。

「何だその視線は。俺は痛くも痒くもねぇぜ。・・・いゃ・・・良かったなぁ・・・」

思わず呟いた下卑た言葉に沖田が荒々しく茶碗を置いた。
その音に驚き全員の動きが止まる。土方の呟きに苛立ったのは皆同じだが、沖田は突出して怒りを露わにした。
置かれた器がまだカラカラと揺れている。

「ごちそうさまでした・・・」

静かに言い、沖田は誰の顔も見ずに座敷を立ち去った。
一層気まずい空気が流れ、土方が沢庵をかじる音だけがコリコリと響いた。

・・・全く不味い状況だ・・・

いつも冷静な土方が現れたばかりの女に明らかに踊らされている。しかも夢主本人にその気がないのがまた厄介だ。
斎藤は一人思案しながら朝飯を平らげた。

「馳走になりました・・・」

箸を戻すと、一番話し相手を求めているであろう沖田のもとへ向かった。
廊下を歩けばその居場所はすぐに分かった。道場から沖田の気合の声が聞こえてくる。

厳粛な空気の中、沖田は一人稽古の時に必ず行う形稽古を行っていた。
音も立てずゆっくり舞ったかと思えば鋭く空を切る音が立て続けに響く。
ここで使われる木刀は他の道場の物より太くて重い。空を切る音もより重く鋭かった。

緩急激しい形稽古。
少しでも気持ちを落ち着け、己を保とうとしていた。

夢主の事が気がかりだが、土方と情交を結んだばかりの顔はとても見られない。
行き場の無い怒りと同じように、どこへ行って良いか分からぬ沖田は道場へやって来たのだ。

「沖田君」

声を掛けると動きは止まり、入り口を振り返った。

「斎藤さん。ちょうどいい、ちょっと相手に・・・なってくださいよ」

木刀を手にした沖田に稽古の相手を申し込まれた。
いつもなら喜んで相手する所だが、虫の居所が悪い上にこれ程に荒れている沖田の相手をするのは賢くない。
今の状況で自分達が怪我をするのは隊の為に成らず。

「それよりちょっといいか。どこか外に出よう」

沖田を屯所の外に誘った。中で話しては皆に筒抜けだ。
木刀を斎藤に向けたまま考える沖田だが、やがて頷いて木刀を片付けた。
 
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