斎藤一京都夢物語 妾奉公

□8.若狼
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「お酒、斎藤さん、お酒を呑まれるのですか」

「茶ではなく酒・・・」という呟きに夢主が驚き、言った斎藤本人も驚いた。

「そんなに驚く事か。酒を呑まん男の方が珍しかろう」

そう言って一口、茶を啜る。
熱い茶も美味いがこの状況では物足りないようだ。

「ぇえ・・・そうですね」

「何か変な話でも残っているのか」

夢主は苦笑いを見せ気まずそうに手元を見て黙り込んでしまった。

沖田はあれこれと自分の話を聞いて笑っていた。
奴の逸話が残っているならば、己の話が残っていてもおかしくはない。
妙な驚きとこの沈黙はそれが理由か、斎藤は訊ねる代わりに夢主を見つめた。
夢主が戸惑い気味に顔を上げると、不意に冷たく気持ちのよい夜風が吹き抜けた。

「斎藤さんは、ご自分のお話を聞くのがお嫌かと思って・・・」

「いいから、話してみろ」

ちらりと見れば、話を待ち構える顔は至って落ち着いている。
この人なら何を耳にしようが一切動じないだろう。それならばと夢主はゆっくり口を開いた。

「お酒は、斎藤さん、呑むと人を斬りたくなるから・・・控えているって・・・聞き伝えました」

話を聞いた途端、斎藤はクックッと声を殺して笑い出した。
似合わず肩を大きく揺らしている。

「そいつはまた、ククッ、面白い話が残ってるもんだな」

ニッと笑いながら夢主を見る目が月明かりにぎらりと揺れる。

「残念だが、今の俺は酒程度で滾ったりはしない」

フンと鼻をならすと余程自分の話が面白かったのか、もう一度クククと忍び笑いをした。

・・・斎藤さん、お酒呑むんだ・・・

意外だった。
明治に入る前は普通に呑んでいたのか、それとも記憶にあるあの時あの場で酒を断りたかっただけなのか。
考えながらふと置きっぱなしのおにぎりに目が止まった。

「あ、あの、」

夢主は手を合わせた。

「頂きます!」

笑顔でご機嫌な斎藤に挨拶をした。
無言で頷く斎藤は未だ自分の話の余韻に笑いを噛み殺している。

「おにぎり冷めちゃいますね。せっかくの斎藤さんのおにぎり、温かいうちに頂きます」

満面の笑みで首を傾げた。
ちょうど手に収まる大きさのおにぎりを控えめに口にした。

「美味しい・・・美味しいです、斎藤さん!」

「そうか」

斎藤はにこやかに伝える夢主を横目に、自らも大きなおにぎりを手に取った。

「あの・・・もしかして、斎藤さん、半端な強さは無いに等しい・・・とか、考えたりしますか?」

「何だ」

唐突な質問に。
斎藤は聞き返すが、考えるまでもないとすぐに答えを述べ始めた。
 
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