斎藤一京都夢物語 妾奉公

□8.若狼
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「沖田君がどうした」

斎藤の声に顔を上げた夢主はとても真剣な表情をしている。
両手をぎゅっときつく握り自分を鼓舞しているようだ。

「沖田さん・・・死んじゃう・・・」

斎藤は瞬間、瞳孔が開いた。

驚きはしたが、戦いに身を置く者として自分や仲間の死は覚悟している。
自分だけではなく、皆そうであろう。そう自らに言い聞かせ、落ち着きを取り戻した。

「そうか・・・」

「沖田さん・・・病気で死んじゃうの・・・あと・・・四年かな、たった四年・・・」

堪え切れず夢主から涙が溢れ出た。
病死・・・流石の斎藤も動揺した。

・・・まさかあの沖田が剣以外の道で命を奪われるなど・・・

「労咳って・・・流行り病なんですか・・・何とかなるかな・・・防げるのかな・・・私・・・力になれるのかな、沖田さん、とっても優しいもん・・・いい人だもん、助けてあげたいよ!」

乞うように叫んでいた。
斎藤は静かに躙り寄り、宥めるように夢主の背中に触れた。

会ったばかりの男をこうも案ずることが出来るのか。
いや、元いたと言う時代でお前は何を聞いて何を見て、何故こんなにも俺達に寄り添おうとしている。
流れる涙は誠の想いの表れ。本心を語る程の信頼はどこから来る。
斎藤は添えた手に力を込めた。

「大丈夫だ、沖田君は強い」

「っ・・・」

斎藤の言葉に顔を上げるが、そのまま大きな胸に縋るよう泣き崩れ、やがて泣き疲れて眠りに付いた。

斎藤は寝てしまった夢主を布団に移し、目尻から頬を伝う涙をそっと拭き取ってやった。
起こさぬよう静かに障子を開けて、廊下に出た斎藤はすぐ隣の部屋に入った。

「で、どうするんだ、沖田君」

沖田は原田達と別れた後、首尾よく隣の部屋に隠れていたのだ。
部屋の中で一人、正座をして耳を澄ましていた。

「お見通しでしたか、斎藤さん。流石ですね」

暗い顏をしている。
にこりといつもの笑みを取り戻そうとするが、晴れない表情にしかならない。

「いやぁ参りましたねぇ。聞かなくて良いことを・・・聞いてしまいました」

沖田は誤魔化すように頭を掻いた。
空元気に小さな声で笑うが、響く声は張りがない。

「やっぱり盗み聞きなんてするもんじゃぁないなぁ、あははは」

斎藤は黙って聞きながら腰を落とした。

「労咳の家系だと覚悟はしてたんですけどね。まさか、そんなに早く・・・とは。正直・・・悔しいです」

沖田は眼を細めて斎藤を見た。
剣客として死を覚悟して生きる身、病の覚悟もあった。だが余りにも早すぎる死の宣告は、明るい青年の顔を曇らせた。

「気を落とすな・・・と言うのは無理か。夜が明けたら夢主に詳しい話を聞くか」

「そうですね・・・お願いしてもいいですか。僕は聞かなかった事にして下さい。夢主ちゃんの悲しい顔、見たくないな」

そう言って、切なげに微笑んだ。
笑顔にしてあげたいと思ったヒトの笑顔を奪うような話はしたくない。
せめて訊いていない事にして、僕は笑っていたい。微笑み返してもらえるように。

「戻って、傍にいてあげて下さい。僕も自分の部屋に戻ります」

落ち着いた声で言うと、沖田は静かに立ち上がって部屋を出た。

・・・あの時、沖田の気配を夢主に伝えるべきだったのか・・・

確かにあの時、気配を感じていた。
だが隊務に於いて常に隣を任せる男。夢主の一件でも意見は同じ、共に対処する気でいた。だから話を訊いても問題ないと判断した。

斎藤は自分の判断が成した結果を考えていた。
 
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