斎藤一京都夢物語 妾奉公

□36.文を囲んで
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次の日、昼になっても昨晩からの冷えが残っていた。
土方はいつものように皆に囲まれた中、文を読み上げた。
集まった男達は心なしか寒そうに肩を縮めている。
この日の文にある句を聞いた時、斎藤は固まった。

「どれどれ・・・なんだ、奇妙な句だぜ・・・『半纏と 月とわたしの ひとりみず』・・・ひとりみずって何だ」

土方は文を広げたまま首を捻っている。
句の意味を読み解こうとするが、ぴんと来ない。

「一人で、見ず・・・見ねぇって事か?」

「でも月見の句だろ、見ないって事はねぇよな」

「意味が分かんねぇ」

「一人では見ない・・・って事か」

「だ、誰か一緒って事ですか!」

短い言葉に夢主の想いを探る。
皆が思い思いに感想を述べるうち、ざわつきだした。
沖田に至っては心配が過ぎて、夢主が見知らぬ誰かと共に過ごしているのではと不安に駆られた。

「総司、落ち着けよ」

「夢主が男連れ込むわけねぇだろうし、そうならわざわざ書いて来ねぇだろ」

「それは・・・そうですね・・・」

原田や永倉、周りに宥められて沖田はようやく落ち着きを取り戻した。
皆が騒ぎ立てるこの文の示すものが、斎藤には分かった。斎藤にしか分からなかっただろう。

「この文を、頂いても宜しいですか」

初めて斎藤が夢主からの文を欲っした。
座り込んで文を読み返していた土方は、驚いて仰け反りながら斎藤を見上げた。

「あ・・・あぁ、いいが・・・この句の意味がわかんのか、斎藤」

「えぇ」

土方の問いに斎藤はニヤリと笑った。

「大丈夫です、あいつは無事です。一人で月見を楽しんだ事でしょう」

これ以上説明する気は無いと口を閉ざした。
土方は文を畳んで斎藤に渡し、斎藤は文を懐にしまい込んで皆から離れた。

静かな場に腰を下ろし、一人文を広げる。
短い一文、柔らかい文字に目を走らせた。

「半纏と 月とわたしの ひとりみず・・・」

句のそばに四文銭ほどの丸が描かれている。

「月のつもりか・・・フッ」

斎藤は一人笑みを溢して文を眺めた。
句を考え筆を動かす夢主が浮かぶようだ。

「ひとりで・・・月を眺めていたのか・・・」

・・・寒い夜に俺の部屋に座り、障子を開けて座ったあいつは俺が与えた半纏を身に付け、ひとりで水を嗜む・・・

斎藤は一人月夜を見上げる夢主を思った。
淋しさを紛らわせようとしたのか。

・・・あいつの事だ、盆の上には空の猪口と徳利も一緒に置いたんだろう・・・

斎藤は有明の月を眺めながら一人密かに笑っていた。
 
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