斎藤一京都夢物語 妾奉公

□46.お花見
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「っく・・・」

固まったまま全てを見てしまった斎藤。
寝巻に着替えて寝ていると思ったら、何をしている。
斎藤は怒りにも似た感情を抱いた。
中に入り勢いよく障子を閉めて叫んだ。

「っ、おい!!何してる!すぐに着替えろ!この阿呆が!!」

素直に戸惑いを見せた叫びだった。
家の者にも届くのではないかと思うほど大きな声だ。

「えぇ・・・せっかくぅ・・・きたのにぃ・・・っ・・・」

「悪かった、俺が余計な事を言ったせいだな、すまない。すまんが着替えてくれ」

じんわり目尻に涙を浮かべた夢主。
斎藤は慌てて取り繕うように謝った。冷静な男が珍しく困惑していた。

「だめれすかぁ・・・にあいま・・・せんかぁ・・・」

夢主は潤んだ瞳で斎藤を見上げて首を傾げた。酔いで染まった顔が更に紅潮している。
とても哀しげな表情に、斎藤の心がざわついた。

「いや似合う。凄く似合っている。だがな、着替えろ」

「そんなぁ・・・いやれすよぉ・・・」

「悪かった。はぁ・・・お前は今酔っているな」

斎藤は頭を抱えるように片手を添えて溜息を吐いた。
完全に酒に呑まれてしまった夢主は斎藤の言葉を受け付けない。

「よってませんよぉお〜」

ふわふわと揺れる声。
斎藤はキッときつく横目で睨み、次に聞く耳持たぬ夢主の両の二の腕を掴んで引き寄せた。

「いや酔っている。酔っているからきっと後で覚えていない。だから言ってやる。お前のその格好を見ているとな、我慢出来なくなるんだよ」

既にぎらりと鋭く熱を帯びた瞳に変わっているが、夢主は何も気に留めず斎藤の瞳を見つめ返していた。
上目遣いになってしまうのが、斎藤には悩ましい。

「がま・・・ん・・・?」

「あぁ、そうだ!お前が欲しくなるんだよ!」

「ほし・・・?」

「襲ってしまいそうに、なるんだよ・・・分かるか。お前の全てを奪ってしまいたく・・・っ、だから、頼む、着替えてくれ。お前を傷付けたくない。悲しませるのは御免だ」

斎藤は夢主の腕を掴んだまま、強く見据えて言った。
下がった眉尻に斎藤の辛さが滲み出ている。

「うぅん・・・おそわれるのはぁ・・・こまります・・・」

本当に理解しているのか、脱力して腕を垂らし、夢主は渋々といった様子で呟いた。

「あぁそうだ。だから着替えろ。いいな。今の俺の言葉、ちゃんと忘れろよ」

「はぁい・・・ちゃぁんと・・・わすれまぁす・・・ふふっ」

無垢な微笑で斎藤を見上げる夢主。
そんな夢主に斎藤の力も抜けた。
下を向いて大きな息を吐き、掴んでいた腕を離してやった。

「やれやれ・・・自分でとんでもない罠を仕掛けちまったな・・・っち」

斎藤はもう一度外に出た。
あの服の下に白い艶やかなあの下履きをつけているのか。想像してしまい、己を更に責めた。

部屋の中で夢主はニコニコと、酔いでよろめきながら着替えていた。

「ふふっ・・・さいろぉさんてば・・・へんなのぉ・・・」

頬が赤い夢主。斎藤の言葉を思い返していた。

「わかってないことも・・・あるんらなぁ・・・」

斎藤は自分の事を全てお見通しなんだ、そう思っていたが、そうではないらしい。
それが分かると斎藤が尚愛おしく感じられた。

弱い酒で酔った時は記憶が僅かに残る。
全てではないが、斎藤の熱い眼差しと言葉に夢主の酔いは少しだけ冷めていた。
きっとこの記憶は残るだろう。

「さいとぉさんてば・・・」

恥ずかしさで耳まで赤く染まっているが、求められた事を少しだけ嬉しくも思っていた。
自分を大切に思い、自らの昂ぶりを抑えてくれた斎藤に、夢主の体は熱を覚えていた。

「いつか・・・」

二人幸せに結ばれる時がくれば・・・
残った酔いに揺られながら夢主は着替えを済ませた。

そして今度こそ、斎藤が外にいる間に眠り込んでしまった。

斎藤が布団に運んでくれた事は覚えていないが、夢主はまた温かく包まれた夢を見ていた。
ただその時、きつく抱きしめられていた事も眠っている夢主は気付かなかった。
 
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