斎藤一京都夢物語 妾奉公

□55.守り人
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夜が更けて夢主が心地よい眠りに入った頃、沖田はゆっくり起き上がった。

「行くのか」

「えぇ。夢主ちゃんを頼みましたよ、斎藤さん」

斎藤は黙って頷くと眠る夢主の姿を確認した。

昼間、土方から受けた指示通りに沖田はみんなが寝静まった頃、黒い着流しで刀を手に部屋を出て行った。

夜の巡察隊はとっくに外に出ており、人けのない廊下を姿を見られぬよう進むのは簡単だ。
足音も気配も消して裏から外に出ると、既に土方が塀の前で待っていた。

「来たか」

「はい」

「もうすぐ来るぜ」

静かに何かを確認した二人、塀を背に上からの死角に立っている。
柄に手を掛け、屯所の中の気配に意識を向けた。
やがて荒い呼吸音と共にがたがた瓦を踏む音が聞こえ、塀の上に人の姿が現れた。

「よし、誰もいねぇ」

「おぉ、このままいたらいつか殺られる・・・そんなのは勘弁だ・・・」

辺りの様子を気に掛けて、塀を乗り越えてきた男が二人、地面に飛び降りて手をついた。
昼間、夢主に愚かな誘いをかけた隊士達。早々の逃亡を企てるも、土方にやすやすと見抜かれていた。

「よぉ、待ってたぜ」

「なっ・・・」

屈んだ男が二人。
声がした後方を振り返ると、抜き身の刀を手にした土方と沖田・・・怒りを目に灯した狼が二人立っていた。

「ひぃぃっ・・・お、俺達はっ・・・」

「逃げようなんて、そんなっ、俺達はただっ」

「最期まで見苦しいですね・・・夢主さんにした仕打ち、地獄で後悔して下さい」

チッ・・・

腰を抜かして座り込む元・新選組隊士二人を前に、沖田は刀を構えた。
二人に向いた刃が青白く夜の光を反射する。

「ひぁあああっ、や、やめっ」

「ぅわぁあああっっ!!!」

「・・・ふっ!」

土方と沖田はほぼ同時に刀を突き出した。
刺さった刀を抜くまでもなく、二つの体は勝手にずるりと地面に転がった。

「始末はさせておく・・・手間かけさせたな」

「いいえ、これで少しは安心です」

自分がたった今斬ったものを見下ろした沖田は、血拭いをして刀を納め、土方を見た。

「土方さん」

「なんだ」

「僕は土方さんを、実の兄のように思っています・・・尊敬しているし大好きです」

「どうした、こんな時に」

足元に転がった体からは血溜まりが広がり、沖田の足元へ迫っていた。

「二度目は、ありません・・・」

土方の目を見つめて言うと、いつもの穏やかな笑顔を隠して屯所に戻っていった。

中にいるはずの一番隊組長が冷たい表情で刀を手に戻り、門を守っていた隊士は驚き慌てた。
人の出入りを見落としたのか、隊士は青い顔で自分の隊務を疑うが、沖田は冷徹な笑顔で隊士を褒めた。

「大丈夫、貴方はちゃんと仕事をこなしてくれました」

だからあの二人は門から出られずに、思惑通り塀から逃亡してくれた。
粛清を知らぬ門番は首を傾げるが、すぐに事情を知ることになる。

「総司、お前も恐い男だな・・・」

去り際に残していった言葉は斬り捨てた隊士にではなく、土方自身に向けた言葉だった。
万が一にも再び夢主に無体を働くならば、例え兄のように慕い尊敬する貴方でも例外ではありません、そんな沖田の意思を感じた。

「総司にも一番に考えるものが出来たのか・・・」

土方にとっては今は新選組が一番の存在。
近藤を担ぎ、願い続けた武士として生きる為、新選組を強固なものとし高めたい。

立ち去る沖田の背に呟くと、始末をつける為に土方も一旦屯所へ戻っていった。
沖田に続き土方までもが外から現れ、門にいた隊士は何かが起きたのを察知した。
やがて粛清された隊士の遺体を運ぶ為、屯所の門は俄かに騒がしくなった。

沖田の帰りを待つ部屋では、斎藤が夢主の安らぎの時間を守っていた。

「終わったな・・・」

外から聞こえる小さな騒ぎに斎藤は呟いた。
 
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