斎藤一京都夢物語 妾奉公
□59.物は試し
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「そんなに驚くなよ。沖田君や隊士達を見ていてな、どうして」
斎藤の視線は夢主の顔から床に移った。
意味無く板の木目でも見ているようだ。焦点を合わせずぼんやりと、珍しい目で眺めている。
「どいつもこいつも馬鹿みたいに素直で真っ直ぐなんだと呆れてな。俺は何故そこまで自分を抑えて我慢しているのかと、ふと疑問に思ったんだよ」
「我慢・・・」
「物は試しにと誘ってみただけだ、いかんか」
再び視線を夢主に戻し瞳を光らせた斎藤は、悪びれもせずに言った。
夢主は赤い顔で枯茶色の瞳を見上げ、何度も首を振った。
「だっ、駄目ですよ・・・そんなっ、誘わないで下さい・・・恥ずかしいですし・・・困ります・・・」
「フン、誘ってお前がその気になる時もあるかもしれんだろう。なら誘おうってのが男だ」
違うか?と片眉を上げてお道化た顔を見せた。
「でも・・・間違ってそうなっちゃったら・・・そんなの嫌です・・・」
単に皆が言うイイ女が目の前にいるから誘おうとしているのか。
それとも気になる女だから誘うのか。
自分のものにしてしまいたいのは、愛しい女だからか。
夢主にとって一番大切な理由というものが素直に聞けない。
夢主が俯き、表情の変化を見守っていた斎藤は、戸惑いを見抜いて話を続けた。
「誘った所で、流されただけのお前が本当に嫌がっていたなら何もしやしないさ。そうだ、ただ誘ってみただけだよ・・・気分を害したか。すまんな」
優しくて低い声に顔を上げると、斎藤は真っ直ぐで誠実な光を瞳に湛えていた。
あまりに真っ直ぐな瞳に捉えられているのが恥ずかしく、夢主の目は泳いでしまった。
「・・・ここ数年のうちに、大きな戦が・・・始まります。その戦いで日本の行く末が決まると言ってもいい大きなものです。その戦いが治まるまでは・・・どなたとも・・・」
斎藤を見ていると上気してしまう。
夢主は目を伏せ、最後に小さく首を振った。
「誰ともそうなりたく・・・ないんです・・・」
夢主の決意を感じたのか、斎藤は息をふぅと大きく吐いて立ち上がった。
傷付けたくはない、守りたい。
だが触れたいものは触れたい。斎藤の本音だった。
「先に戻っている・・・と言いたい所だが置いていくわけにも行かん、行くぞ夢主」
胸にしこりを抱えていても、既に気持ちは切り替えたとばかりに、斎藤はいつもの表情で肩から振り返った。
「誘うくらいは、たまにはさせろ」
一瞬夢主を目に捉えた斎藤は、そっと呟き、すぐに前を向いた。
夢主にはとても素直で正直な声に聞こえた。
「ぁ・・・」
「言葉にすると、気が晴れる。・・・・・・行くぞ」
「はっ・・・はぃ・・・」
歩き出した斎藤に続いて夢主も歩き出した。
戸惑いと葛藤を抱えている・・・それは気持ちがあるから・・・
背中を追いかけていると、そんな想いが伝わってくるようだった。
斎藤は歩きながら、あまり遠くない新時代の到来を感じていた。
・・・大きな時代のうねりは最近の時局で嫌でも感じる・・・それは遠くなく、終わるのもそう先ではない・・・夢主の言葉からするという事なのか・・・
・・・まぁ余りにその戦が遠く長過ぎても、それだけ長くお預けを喰らうだけだ。狼どころか、まるで犬っころだな・・・フッ・・・
斎藤は夢主への気持ちを新時代とすり替えて笑った。