斎藤一京都夢物語 妾奉公

□65.伊東の値踏み
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伊東に続き廊下を歩く斎藤は、井戸の辺りに夢主を見つけると声を掛ける為、伊東から離れた。

「おい」

「斎藤さんっ、洗い物もうちょっと掛かります」

夢主は斎藤の姿ににこりとして、洗い桶の中で手を動かし続けた。

「構わん、急がなくていい。これから俺は伊東さんと出てくる」

「はぃ。伊東さんと・・・」

まだ日は高い。こんなに早くからと夢主の手が止まった。
水から覗いた手が既に冷たさで赤くなっている。
気付く斎藤だが、伊東の手前、素知らぬ顔を通した。

「遅くなるかも知れん、いいな」

「はぃ・・・」

心配せずにいつも通りにしていろと無言で促され、夢主は頷いた。

「行ってらっしゃい」

送り出す声が淋しげだ。
二人の様子を遠目に見ていた伊東は、興味深く遣り取りを観察していた。

・・・ふぅん、なるほどねぇ・・・

斎藤と伊東が立ち去ると、姿が消えるのを待っていたかのように沖田が現れた。
沖田の視線は二人が去っていった方角を睨んでいる。

「大丈夫ですか、夢主ちゃん」

「沖田さん」

「伊東さん、かなり危ないですね。斎藤さんどういうつもりなのか」

夢主の身を案じる沖田は、斎藤の行動に疑問を抱いた。
遠ざけるべき人物に自ら近付くなど、どういうつもりだと苛立っている。

「斎藤さんは・・・伊東さんを知ろうとしているのかもしれません」

「伊東さんの正体、ですか」

「そんな所でしょうか・・・きっとお役目なんですよ」

「役目・・・」

夢主は勢いよく水の中から道着を持ち上げた。
水を溢れさせて取り出し、滴る水が落ち着く前にその場で固く絞る。
沖田が考えるように小さな声で繰り返した言葉は打ち消された。

「だって、沖田さんはお嫌でしょう、伊東さんとお酒だなんて」

「もちろんです!!」

「土方さんが信頼されている方の中では、原田さんは伊東さんの事をあからさまに嫌がってましたし・・・お顔に出して。永倉さんは生真面目さが不安でしょう、でしたら斎藤さんしかいません」

夢主が立ち上がって絞った道着を広げると、真顔で聞いていた沖田がさり気なく斎藤の道着を奪い、代わりに笑顔を返した。

「そうですね、夢主ちゃんの言う通りかもしれない」

土方が伊東を調べたがっているのは誰もが知っている。
冷静に見渡せば、監察以外で動ける人間は確かに斎藤しかいない。
沖田は目を伏せて、斎藤の大きな道着に目を落とした。

「沖田さん・・・?」

「ははっ、干してあげますよ。干し竿、結構高いんですよね」

隊士の中では背が低い部類に入る沖田だが、夢主と比べれば充分背は高い。
あまり洗濯を行わない夢主だが、洗い物をすると小柄なため干すのに苦労するのだ。

幹部達はそんな場面にこれまで何度か出くわしていた。
その度に手伝ってやるのだ。
この時は沖田が手を差し伸べた。

「ありがとうございます」

「夢主ちゃんは本当によく考えているんですね」

「えっ・・・あのっ私、何か気になること言いましたか・・・出過ぎちゃいました・・・ね」

「うぅん、自分の考えをしっかりと持っている・・・素敵だよ」

苛立っていた沖田から出た満面の笑み。夢主はほっとして微笑み返した。
そんな安堵を背に受けて、沖田は真っ白な道着の袖を竿に通した。

「今度僕のもお願いしようかな」

「あっ・・・もちろんですよ、沖田さん」

夢主の返事を聞くと、沖田は竿を持ったまま笑顔で振り返った。

・・・そうだ、夢主ちゃんの言う通りだ。嫌な役割を背負ってくれたんですね、斎藤さん。夢主ちゃんは本当に斎藤さんを良く分かっている・・・

「斎藤さん今夜は帰らないかもしれませんね」

「はい・・・」

「不安ですか」

優しく訊ねる沖田に素直に頷いた。

「ふふっ、大丈夫、斎藤さんはちゃんと戻ってきますよ。夢主ちゃんの所へ」

一晩飲み明かそうと、伊東のもとへ潜り込もうとも、必ず斎藤は戻って来る。
斎藤のことを話す夢主を見て、沖田は不思議とそう思い至った。
 
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