斎藤一京都夢物語 妾奉公

□75.灯火
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夜、夢主は厠帰りに暗くなった沖田の部屋の前を通った。
普段なら通らなくてもよい廊下だ。

今、沖田は泣ける場所を探しているかもしれない。
唯一泣ける場所だったかもしれない山南を失ってしまったのだ。
悟った夢主は皆が寝静まったこの時間、どうしても様子を確認したかった。

「入らないで下さい」

外の気配に気が付いた沖田は、物静かな声で制した。
夢主は哀しい顔で一度伸ばした手を戻し胸元で握り締めたが、意を決すると構わず障子を開いた。

「これは借りですよ。貴女の僕への借りです」

入ってくる夢主に珍しく悪態を付く沖田、夢主はそれで構わないと、ゆっくり温かな笑顔で頷いた。

「入らないでと言ったのに入ったんだ、これは借りです。覚えておいてください・・・」

恨み節の沖田は部屋の隅で両膝を折って座り、顔を半分隠して、夢主が何をするのか目で追っていた。

部屋に入った夢主は座るわけではなく、黙って布団を敷き始めた。
どういうつもりなのかと黙って見つめる沖田に、布団を敷き終えた夢主は初めて声を掛けた。掛け布団は捲られている。

「入ってください。従わないなら、借りは帳消しです」

眠れということか。
沖田は渋々夢主に従い布団へ移動した。
刀をすぐ脇に置き、このまま寝るのも癪だと敷布団の真ん中に正座する。

夢主はそれでいいです、と大きく頷き、沖田の頭からすっぽり布団を掛けて覆ってしまった。
そして自らも腰を落とした。太腿だけを布団に入れる。

「これで少し位なら・・・声、漏れませんよ・・・」

「えっ・・・」

どういうことかと掛けられた布団を除けて、沖田が顔を覗かせた。
夢主は何も言わず、にこりと優しい母のような微笑を向けた。

「っ・・・」

全てを理解した沖田は顔を隠すように布団に潜り込み、夢主の腿に素直に縋りついた。
まもなく聞こえ始めた咽ぶような籠もった泣き声に、夢主は温かな眼差しを向けた。
布団越しに沖田の背をゆっくり優しく律動的に、撫でるよう叩き続けた。

やがて布団の中で感じる沖田の呼吸が穏やかになっていった。
眠ったのだ。
そっと布団を捲ってみると、顔に幾つも涙の筋を付け、疲れて眠る顔が見える。
それでもどこか穏やかさを感じた夢主は安堵を覚え、静かに涙の痕を拭いてあげた。

鎮まって眠る姿を確かめて、夢主は部屋を出た。
戻ると涙で濡れた寝巻を着替え、夜中にも関わらず着替えの為に、わざわざ外に出てくれた斎藤を呼び戻した。

「昼間はすまなかったな、皆の手前があったんだ」

「わかっています・・・」

夢主は沖田を思っての斎藤の昼間の言動を理解していた。
飾らない笑顔で斎藤に微笑みかけた。

「お立場がある沖田さんです・・・表立って哀しむなんて出来ないこと、私だって・・・わかります・・・」

斎藤に向けられていた笑顔が次第に震え始める。声も揺れ始めた。

「誰だって、泣きたい時はありますよね・・・大事な人を失ったら・・・泣いたっていいですよね・・・」

斎藤はそれでも泣かないかもしれない。
夢主も斎藤も同じ想いを抱いたが、斎藤はそっと首を縦に動かした。

「あぁ。あるだろう」

「ぅっ・・・斎藤さん・・・」

「ハハッ、今度はお前か」

夢主が黙って頷くと斎藤は近寄り、そっと手を回して背中をトントンと優しく叩き始めた。

「やれやれ、俺も暫く寝れんな」

「ごめんなっ・・・さぃ・・・」

フッ、と嬉しそうに鼻をならした斎藤。

「構わないさ」

囁いて、顔を上げた夢主を安心させた。
怖い思いをさせてしまった夢主が素直に甘え、泣きついてくれるのが嬉しかった。
尚も心を開いて己を信じ、身を寄せて泣いてくれることが。

泣き出した夢主に付き合い、斎藤も長い夜を過ごした。


翌朝、夜通し泣いて目が腫れてしまった夢主は、夜起きていた為にまだ寝てると斎藤に話を通してもらい、一人で部屋に籠もった。

そんな人が寄らないはずの部屋の前に人が現れた。
夢主も障子に映る座った影に気付く。

「昨夜はありがとう・・・今度は夢主ちゃんがゆっくり休んでくださいね」

沖田だった。顔を出さず、優しい言葉だけを残して沖田は去っていった。
その心にもう迷いは無い。再び新選組一番隊組長として、沖田は前を向いて動き出した。
 
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