斎藤一京都夢物語 妾奉公
□86.見上げる背
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「沖田さん、あの・・・そうだ、沖田さんも急ぎ旅で汚れてませんか、私が沖田さんの髪を整えて差し上げますよっ!どうですかっ・・・痛っ!斎藤さんっ」
沖田の髪について話した途端、斎藤は夢主の髪を引っ張った。
無論、悪気は無いとうそぶいた。
「斎藤さん、それ、やきもちって言うんですよ」
「阿呆、沖田君を綺麗にしてやりたけりゃすればいいだろう」
「じゃぁ斎藤さんの髪も私が・・・」
「いらん、触れるな」
「そんな言い方しなくても・・・綺麗に拭いて結び直しますから。・・・前髪も・・・斎藤さんの前髪ってどうしていつも・・・」
夢主は思い付いたように、肩越しに振り返って斎藤の顔を見た。
「どうしていつも前髪が垂れているんですか・・・」
斎藤の象徴と言ってもいい前髪は、夢主はもちろん大好きな髪型だ。
「知るか、垂れてきちまうんだから仕方があるまい」
「・・・ふふっ・・・そうなんですか・・・」
斎藤が言いながら掻き上げても再び元の場所に戻ってくる前髪を見て、夢主はくすくすと肩を揺らした。
「私、好きですよ、斎藤さんの前髪」
「ちっ・・・」
斎藤は舌打ちをして夢主の頭を掴むと、無理矢理前に向けさせた。
「大人しくしていろ、あと少しだ」
「はい」
くすくす止まらず揺れる夢主、耳に斎藤の溜息が届いた。
「僕、大坂に行ってきたんです」
「え・・・」
突然の沖田の言葉に楽しげに揺れていた夢主の肩が止まった。
「土方さんのお使いでね。それで・・・けじめを付けてきました。僕なりのですが・・・もう、夢主ちゃんに怖い思いはさせませんから、安心してください」
「はい・・・ありがとうございます・・・あっ」
「ほら、前を向いていろ」
沖田に礼を述べて下げた夢主の頭を、斎藤がもう一度掴んで上を向けさせた。
「お前は前を向いていろ」
「前を・・・」
「そうだ、前だ」
「・・・はい」
斎藤に言われるまま顔を上げ前を向いていると、夢主の気持ちは軽くなっていくようだった。
「沖田さん、大変なお役目・・・ありがとうございます」
「いえ、大坂の町は楽しかったですよ」
沖田の冗談、斎藤は遊んでなどいないだろうと鼻で笑って夢主の髪を整え終えた。
斎藤は大人しく己に身を任せてくれた夢主と、見事に仕上がった髪に満足している自分を心の中で笑った。
結局、沖田は斎藤に面倒はごめんですと言い捨て、夢主の髪が終わる前に井戸で水浴びて済ませていた。
すっかり日が落ちてようやく暑さが落ち着いた頃、三人は揃って床に就いた。