斎藤一京都夢物語 妾奉公

□87.向き合う恐怖
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「そう・・・思います。私の問題なんです。でもずっとは無理でも・・・そばにいる時だけでも・・・」

自分ひとりでは抗えない恐ろしい力があると知った。
夢主は力を持つ二人を儚い顔で見つめ、自分の為に彼らを束縛してはいけないと口を閉ざした。

「安心しろ、そばにいる時は俺達が力になる。まぁお前が男だったらその鬱々とした気持ちをあっという間に解消する方法を教えてやれたんだがな、残念だ」

「あっという間、お稽古ですか・・・確かに斎藤さんにお稽古してもらった時は気分が晴れました」

無心に体を動かし、それから斎藤と笑い合った一時は全ての恐怖を忘れられた。

「あぁ、あれか。稽古もなかなか良いがな、分かるだろう、大抵の連中はやりきれなくなると色街に繰り出すものさ。敵の重さを女の体の重みに・・・血の温さは女の肌の温もりに・・・死に行く者の声を女の嬌声に・・・恐怖を快楽にすり替えて夜を乗り越えるのさ」

「夜を・・・」

「夢主ちゃん、真面目に聞いちゃ駄目ですよっ」

真剣に耳を傾ける夢主に沖田が耳打ちするが、夢主は呆然と斎藤を見上げる。

「斎藤さんもしたんですか・・・初めはやっぱり、斎藤さんも怖かったんですか・・・人肌が恋しく・・・なりましたか」

あどけなさが残るくせ滲み出るこの艶やかさよ・・・
女が口にすべきではない問いを幼子の様に純粋に問う。
夢主が纏う不思議な色香を、斎藤は心の中でひっそりと笑った。

「フン、覚えてないな。まぁお前が望むなら俺の重みで忘れさせてやりたいがな」

「重み・・・」

夢主は目の前の斎藤の大きな体の輪郭を辿るように見てその重みを想像し、酔いの醒めた頬を赤く染めた。
細いようでいてしっかりと筋肉に覆われた斎藤の体、どっしりと圧し掛かればやはり・・・しなやかな長い手足も骨ばった男独特の体できっと・・・。

「夢主ちゃんっ」

「あっ・・・」

我に返ると斎藤も冗談だと夢主をおちょくるように眉を動かして笑った。

「ま、冗談はさておき、俺がそばにいる時は震えていれば支えてやるし、近付く阿呆な輩は追い払ってやるさ」

「そんなに甘えていいのですか・・・私・・・」

「構うか、何度も言わせるなこのド阿呆ぅが・・・お前は本当に阿呆だ」

下を向いた夢主はふと目の前に斎藤の寝巻の袖が近付くのを見てビクリと顔を上げた。

「きゃぁ」

斎藤にコツンとおでこを小突かれた夢主は小さな声を上げた。

「斎藤さんたら痛いです・・・痛い・・・ふふっ」

くすくすと笑いながら目尻に涙を浮かべる夢主を斎藤は目を細めて見つめた。

「敵わないなぁ・・・ははっ」

二人のやり取りを見て、沖田も肩を揺らして笑った。

「ふふっ・・・今夜は巡察隊の皆さんが戻るまで呑んじゃいましょう」

「フン、言ったな」

「私は呑みませんから、お二人の酔う姿を楽しませていただきます!いつかのお返しですよ」

そう言うと夢主は酔いはもう醒めたと得意顔で徳利を持ち上げた。

「ほほぉ、お前が眠くなるのとどちらが先か、面白いな」

「夢主ちゃん、僕は負けませんよ〜〜あははっ!」

夢主はそれぞれの猪口に、これでもかとばかりになみなみと酒を注ぎ、二人に早く飲み干すよう促した。
躊躇うこと無く酒を口に運ぶ二人に、夢主はどんどん酒を注ぎ足した。
だが結局は巡察隊が戻る前に夢主が舟を漕ぎ出して勝負は決した。

「ははっ、夜は夢主ちゃんには負ける気がしないな」

「その言い方、厭らしいな君も」

「なんですか、もぉっ!」

「まぁ酒も夜も負ける気はせんな、確かに」

すぐそばで徳利を転がして体を横たえ眠る夢主の頭をそっと指先で辿り、布団へ運ぼうとゆっくりと抱え上げた。

「女の重みとは言ったもののこいつは軽くて重みにはならんな」

「軽すぎて何処かへ飛んで行ってしまいそうですね・・・しっかりと繋いでおいてあげないと・・・」

「フン・・・」

斎藤は夢主を白い布団に下ろし、無防備に開いた腕を体に寄せてやった。

「確かに小さすぎて不安になるな」

顔に近づけた指の行き場に迷った斎藤は、頬に垂れた一束の髪をよけてから、そっと頬に触れた。

「ゆっくり休めよ・・・」

微かに夢主の頬が緩んだ気がして、斎藤も小さく微笑み、酒の席へと戻って行った。
 
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