斎藤一京都夢物語 妾奉公

□97.別れの万寿
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「あ・・・」

「降り始めたな。どうする、戻るか」

「いぇ・・・もう少し。雪が強くなるまで・・・もう少しここで呑みたいです」

「いいだろう、ならば・・・ほら」

比古が外套をふわりと開くのを見て、夢主は気恥ずかしげに頷いて体を寄せた。

「暖かいだろう」

「はい、比古師匠の温もりで・・・暖かいです」

外套の中に入れてもらうと、体温ですっかり暖まった優しい空間が待っていた。
心から安らぐが良い、そんな比古の想いを表しているようだ。

「これで暫く呑めるな」

「はい」

ここへ来て初めて、夢主は比古の体に寄り添った。
誰とも違う存在感、頼ってもいいと思える大きな優しさ。気を許して甘えていた。

「比古師匠はどうして・・・こんなにも私を気遣ってくださるのですか」

「んっ?」

「だって、人嫌いなのに長い間預かってお世話してくださって・・・それに斎藤さんとのことも・・・気に掛けてくださって・・・」

「分からんか」

「分かりません・・・頼りなさ過ぎてどうしようもない・・・とかでしょうか・・・」

「はははっ、確かにお前には手を貸したくなる。だが違うな・・・知りたいか」

小さく縦に首を動かす夢主に比古は微かに笑んだ。

「そうだな、お前はここに来てから半年以上・・・よく頑張った」

にっと目を合わせられると思わず照れて俯いてしまう。
力強い眼差しに込められた感情には気付かず、夢主は地面に落ちる雪に目を移した。
まばらに落ちてくる雪はふわふわと揺れて土に降りる。
愛らしく見える小さな白い姿はすぐに消えてしまう。

「お前はな・・・似ているんだよ。本当に少しだけだがな・・・」

「似てる・・・」

「あぁ。俺の惚れた・・・女に」

顔を上げて見えた比古の淋しげな瞳に驚いて、夢主は見つめ返す目を見開いた。

「師匠・・・」

「気にすることは無い、本当に、ほんの少しだけだ・・・」

・・・あぁ、本当に少しだけ・・・もう一度惚れてしまいそうになる・・・

比古は黙って何度か首を振った。

「誰にも言うなよ、斎藤には特にだ。いいな」

「はい・・・秘密です。斎藤さん、やきもち妬きだから・・・ふふっ」

「そうか、それでいい」

優しい眼差しに吸い寄せられるよう、夢主は頭を比古の腕に寄せていた。
比古も心ともなく夢主の頭を撫でていた。
そっとそっと何度も優しく触れて、小さな夢主の大きな想いを慈しむ。

柔らかく降る淡雪が、二人の周りを通り過ぎて消えていく。
暖かい比古の体に守られて、夢主は冷たい山の最後の夜を過ごした。
 
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