斎藤御膳

□2.連れ添い詣
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暮れ七つ半、会津の城下町、とある屋敷前に斎藤は一人立っていた。

「何故、俺は女など待っている」

会津入りしてから下知を待ち、戦局が動くのを待っている。そのはずが、今待っているのは一人の女。
暇なのだ。そう言われたらその通り。
照姫様のご祐筆、時間を持て余しているなら警護対象として付き添うのは、会津に抱えられた身として至極当然。
何よりあの娘は亡き高木小十郎のご息女。京にいた会津藩大目付、高木小十郎の娘だ。

斎藤が視線を落として考えを巡らせていると、小さな足音が近づいて来た。
屋敷の中からではなく、待ち人は塀の先の角から現れた。

「外にいたのか」

「お勤めの後にお参りしておりますから」

「成る程」

一日時間を持て余している己とは違ったか。
斎藤は分からぬ程度にククッと喉を鳴らした。

挨拶の言葉も少なく、二人は歩き出した。
斎藤は夢主のやや後ろを歩いている。振り返って夢主が消えていては困る。妙な輩に連れ去られるか、気が変わって夢主が逃げ出すか。いずれにしろ面倒はご免だと夢主を視界に入れたかった。

夢主も素直に斎藤を従えていた。社に行くのが目的。いつも通りお参りが出来ればそれでいい。夢主が急ぎ足で社を目指し、付き添う斎藤は悠然と歩いていた。


社に上がる長い階段が見えてくると、斎藤がふと歩みを緩め、気付いた夢主も思わず立ち止まった。
新選組の男達がぞろぞろと歩いている。それぞれが背負う空気の違いが、様々な生い立ちを思わせる。この人はこんな男達をまとめて闘ってきたのか。夢主は、隊士達から斎藤に視線を移した。

奥まった目は瞳に影を与え、何を考えているか容易には読み取れない。鋭すぎて怖いほどなのに、たまに光が射すと、美しい瞳が露わになる。黄金色の瞳はまるで獣の、狼の瞳のよう。残忍さと慈愛を併せ持つ狼。夢主が睨むように見つめる僅かな間、斎藤は瞬きもせずに隊士達を見ていた。

「斎藤先生」

斎藤に気付いた隊士達が挨拶をする。隊士達は町中を目指す途中。斎藤は静かに頷いて挨拶を返した。

「今から出るのか」

「はい、遅くなる前に戻りますんで」

「程々にな」

「はい」

時間を持て余しており、巡察が楽しみだ。そんな顔で男達は夕暮れ迫る中を去って行った。
不思議そうに首を傾げているのは夢主だ。自分に山口二郎と名乗った男が、斎藤と呼ばれた。しかし今、斎藤とこの人を呼んだのは、先日この人が山口と名乗った時に居合わせた男達。

「斎藤先生……とは」

恐る恐る訊ねるさまに、斎藤は「んっ?」と視線を突き刺してしまった。名前の不一致は不誠実、嘘を吐いたのですかと訊かれている気がして、視線に棘を含んでしまった。
これではようやく口を利いてくれた夢主が、また黙り込んでしまう。面倒はご免だと、斎藤は冷静さを取り戻した。

「いや、京にいた頃、斎藤一を名乗っていた。色々あって山口二郎に名を変えたが、変えている必要もなくなったのでな。斎藤一を知る者は癖で今も斎藤と呼ぶ。正式には今は山口二郎、会津の皆にもそう名乗っている」

「左様でございますか。斎藤様、山口様……それで、私は何とお呼びすればよろしいでしょうか」

「ほぅ、名を呼んでくれるのか」

「そ、それは、何れ必要に迫られた時に分からなければ困るのは私ですから!」

当然のことを訊ねただけなのに、答えを与えられず平常心を乱される。夢主が強い語気で返すと、ニヤリとして見えた斎藤の口元から力が抜けた。

「好きに呼べばいい」

突き放された気がして、夢主の気が一瞬縮む。付き纏うのに態度は素っ気ない。この人は一体何を考えているのか。夢主はすぐに気を取り直して、背筋を伸ばした。

「では、私は会津の人間ですから、私は山口様とお呼びします」

「あぁ」

「……山口様のお名前はどなたかに賜ったものなのですか」

折角気を取り直したのに会話が続かない。見知らぬ男を話すなど普段はしない自分が口を開いたのに。いや、思い上がりは止めよう。夢主がころころと感情を動かしていると、斎藤はじろりと睨み、そしてフッと息を吐いた。
 
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