斎藤御膳

□5.躊躇いの時は過ぎて
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苗字夢主、名前を知ってまさかと思い、父の死地を聞いた時に認めざるを得なかった。
斎藤は夢主の父の顔を知っている。

「新選組と会津藩士が顔を合わせる機会は何度もあった。大目付である高木小十郎殿は新選組にとっては謂わば監視役。面識があった。俺は会津公からちょっとした任も受けていてな。高木殿とは何度も話したさ」

「あぁ……」

夢主は顔を覆い、涙を隠して頬を濡らした。

「高木殿は新選組の強さを認めてくださっていた。会津預かりの身である俺達を気に掛けて、円滑に活動出来るよう支持してくださった」

斎藤の話に、夢主は泣きながら何度も頷いている。大好きだった父の話。知らない話を聞くと父が蘇ったような、父が傍にいるような感覚に包まれる。

「世話になったんだ」

「父が、父が山口様と……」

寄り添ってくれるこの人が、父と知り合いだったなんて。涙を隠し切れず、途切れず流れる涙が頬を伝ってぽたぽたと零れ落ちる。夢主は泣きながら、斎藤を見つめた。

「故郷に残した娘が心配だと、話していた」

「本当ですか、父が、私を……」

「もっと早く話すべきだったな。すまない。正直言うと、言い出せなかった」

激しく首を振る夢主。斎藤は目の前に突然現れた女が、京で世話になった男の娘だとは信じ難く、話せずにいた。
確信を得てからも話せば泣くと分かっていて、話せずにいた。


──京で出会った高木小十郎は、気さくな男だった。
お目付け役なら一線引いて立場を示せば良いものを、高木は馴れ馴れしいほど気さくに話し掛けてきた。

初めは京での任務に関して、次に江戸や会津など縁の地に関して、高木は一方的に話してきた。まれにお前はどうだと聞かれるが、斎藤は淡白な返事に徹していた。それでも高木は斎藤の性質を見抜いて興味を持ち、機会がある度に声を掛けてきた。
話はやがて、物の好みや家族の話にまで及んだ。

顔を合わせるのも何度目か、数えるのも嫌になった頃、高木が斎藤に妙な頼み事をした。思えば長州の動きが不穏になった頃だ。何か予感があったのかもしれない。

「お主は江戸の出だそうだな。もし江戸に戻ることがあれば、娘を頼めんか」

「娘さんを、ですか。何か困りごとでも」

高木家は娘が奉公先に困る身分では無い。それに高木家があるのは会津。江戸ではない。何が言いたいんですと、斎藤は眉をひそめた。

「そうじゃあない、分かるだろう、年頃でな。お主と同じ年頃で、未だ独り身なんだよ」

頼まれ事を察した斎藤は、眉間の皺を厭味なほど深く刻んだ。

「お戯れを。私のような強面ではご息女もさぞ怖がられるでしょう」

「ははははは!儂の娘はなかなかの聞かん坊でな、じゃじゃ馬で気が強い。其方ぐらい強い男でなければ娘を前に逃げ出してしまう」

「ご冗談を」

「いやいや、真であるぞ。だがな」

嫌がる斎藤に、高木は強引に顔を寄せた。

「なかなかの器量良しじゃ、これは嘘ではない。笑うと可愛いんじゃ」

──くしゃくしゃの笑顔でそう語っていた。
頭が切れて、かつ愛嬌のある男だった。こんな俺に話すほどだ、娘が愛おしくて仕方がなかったのだろう。御所で戦が起こるなど、誰が考えたか。
 
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