斎藤御膳

□8.出陣の雨に消える声
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日が暮れて社を後にした二人。夢主は斎藤に屋敷まで送り届けられて、名残惜しく別れを告げた。背中が見えなくなるまで見送りたい、そんな想いを見越してか、斎藤は敢えて夢主を先に屋敷の中へ追いやった。


夢主は布団に入ってからも眠れずに天井を見つめていた。
一日の出来事が何度も頭の中に蘇る。心が落ち着かない。

取り乱した自分は、今思えば情けない。けれどもあの人は責めるどころか、案じてくれた。
盛之助とあの人の出会いも突然で驚いた。盛之助が心配だったが、あの人が不安を全て打ち消してくれた。
社での出来事は、思い出すだけで体が熱くなる。初めての想いと出来事だらけ。嬉しくて仕方がない。

あの人が戦から戻ったら家の皆に挨拶を、二人でそう決めたからまだ誰にも告げていない。けれども、盛之助は薄々勘付いているようだ。にやけた姉に、同じような顔を向けていた。

「斎藤様が、旦那様……」

呟いて、ふふっと忍び笑んだ夢主、布団をかぶってみるが、眠れなかった。

喜びと共にある不安。斎藤の出陣が気掛かりだ。会津の行く末も、愛しい人の行く末も。

「生きて戻る、とても自信家のあの人が言うのだから、きっと戻ってくださる。くださるけど……」

この不安はどうすれば失せるのか。
鬱々と考えていると、夢主の耳に、屋根に何かが当たる音が聞こえ始めた。
小さな物音、ぱらぱらと、まばらに聞こえた音は、すぐに規則的な音に変わった。
濡れた音を聞いて、夢主は思わず布団から身を起こした。

「雨……」

夢主は雨戸を開いて降り出した雨を覗いた。外は、あっという間に濡れ景色。朝まで続きそうな降り具合。男達は雨の中を出陣し、濡れた体で戦に挑むのか。重い鎧は更に重みを増すだろう。銃を濡らさぬよう気を使い、足を取られて先を急げぬ行軍。
それでも男達は行かなければならない。殿をお守りするのはもちろん、故郷や大切な人、または貫きたい義の為に、進んでいく。
夢主は胸が握り潰されるような苦しさを感じた。

「せめて雨だけでも止んでくれたなら」

今から朝まで祈り続けようか。祈りなど虚しいと知っているが、出来ることはそれくらい。

「あの社……」

もうやめようと決めた社詣。でも最後に、今宵、もう一度だけ手を合わせたい。この雨の中なら誰もいないだろう。夢主は雨がどんどん強くなっていく空を見上げた。真っ暗な空に感じる恐怖。だが戦に出向く男達を思えば、小さな恐怖だ。

「斎藤様の、宿舎のお近く……」

もしかしたらもう一度お顔を見られるかも。夢主は馬鹿な考えに首を振って、そんな事あるわけ無いと笑った。
ただ雨が止むことを、無事を祈ろう。意を決して雨戸を閉めようとした夢主は、雨音に混じる違和を感じた。

「何」

誰かいる。呼ばれた気がした夢主は、寝巻に羽織の姿で急ぎ傘を手に取って、家を出ると屋敷前の通りを覗いた。

「斎藤、様」

少し気まずい顔をした、斎藤が雨に濡れていた。
 
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