まかない飯
□明】休みの一日、疲れた体 リクエスト作品
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非番の日をどう過ごしたいか、斎藤に訊ねられた夢主は散歩に行きたいと望んだ。
朝は家でゆっくり休み、午後から外へ。
秋晴れの空を見上げると、涼しい風が吹き抜けた。
心地よい空気に二人の顔が和らぐ。
「一さんとデードです、久しぶりに」
「でぇと、あぁ前に聞いたな。こうして出歩くことか」
「はい、一緒に・・・・・・嬉しいです。ふふっ」
人けのない道、夢主は斎藤の腕を取った。
遠慮がちに添えられた手。目が合うと、駄目ですかと問うような瞳をする夢主に、斎藤はフッと笑んで腕を組むことを許した。
くっついていると歩きにくいとは思わない。
たまに見上げてくる夢主を斎藤は二ッと見据えるが、その眼差しはどこか穏やかだった。
もうすぐ大通りというところで、夢主が斎藤の腕を引いて立ち止まる。
離さないと駄目ですよね、そんな視線に斎藤は諭すように頷き、夢主は名残惜しそうに腕を離した。
「また後で、だな」
「はい」
淋しそうな夢主の頭にぽんと触れた斎藤が、腕組みなど後でいくらでも出来ると目を眇める。
夢主はその仕草を見て嬉しそうに頷いて通りに踏み出した。
賑やかな浅草で出店を覗き、蕎麦で腹を満たした後は、上野の山を散歩した。
寛永寺跡まで登り、彰義隊の犠牲者たちに手を合わせる。
普段は人出が多い上野の山が、二人の為に人払いされたように静かだった。
「原田さん・・・・・・」
「ん」
「いえ、・・・なんでもありません」
手を合わせながら、夢主は原田を思い出して願っていた。
この山が最後の闘いの場になった原田、言い伝えが本当で生きていたらいいのにと、祈っていた。
「気持ちのいい季節ですね、ここは紅葉も綺麗ですし、それに」
伸びをして空気を吸い込んだ。
二人の頬を撫でていく風は、家を出た時よりも冷たく変わっている。
とても澄んだ空気は、甘い香りを含んでいた。
「この香りって確か・・・・・・」
「金木犀だな。お前が好きそうだ」
「ふふっ、好きです。甘くていい香りです」
どこからか漂ってくる金木犀の香りに気付き、夢主は目を細めた。
甘い香りの中で微笑む姿に、斎藤は世俗離れしたものを感じた。
冷たい風になびく髪、構わずたおやかに微笑む夢主。
昔話に伝わる天女とは、突然現れた清廉で美しい女を、異質な存在として天女に例えたのではないか、そんなことすら考えていた。
「一さん・・・?」
「いや、お前に見惚れていただけだ」
「ぇっ」
珍しくぼぅっと立つ斎藤に声をかけ、返ってきた言葉に夢主は頬を染めた。
「もっ・・・一さんたら・・・」
「嘘じゃない、惚れた女に見惚れるのは普通だろ」
「それは・・・あの・・・」
「フッ、今日は一日お前を見ていた。見ているだけでいい一日だと感じるんだ、悪くないだろう」
「ふふっ、はぃ・・・私も一さんを見ていましたよ」
「そうか」
本当は通り沿いの店先を飾る品々や、綺麗な景色に目を奪われていた。
斎藤は目を輝かせてよそ見をする夢主を見ていたが、見守った笑顔が愛おしく、そうだなと頷いた。
近所の家の生垣にも使われているのか、帰り道も金木犀の香りはついてきた。
好きな香りに包まれた夢主は、ご機嫌で家の戸を開ける。
しかし、家へ戻るなり夢主は「ふぅぅ」と太い息を吐いた。
一日楽しい時を過ごした自覚がある斎藤は首を傾げた。
「どうした」
「いぇ、肩を縮め歩いてたみたいで、ちょっと・・・大丈夫ですよ」
すっかり冷えた帰り道、縮めていたせいで肩が凝ってしまった。
夢主は手を添えて肩を回した。
「ちょっと座れ」
「はぃ・・・」
ほら、と夢主は背中を押されて居室へ入り、腰を下ろした。
背後に斎藤も腰を下ろす。
「肩を解してやる。昔してくれたことがあっただろう」
「あっ・・・マッサージですね、最近すっかりしていませんね、良ければ私が」
「阿呆、俺は平気だ。お前の体が凝っているんだろ、いいから気にするな」
「でも・・・」
「前を向いていろ」
自分が余計なことを言ったせいで、斎藤に気を使わせてしまった。
肩を落とす夢主、下がった肩に大きな手が触れた。
「たまにはこんなのもいいだろ、それにお前の小さな肩を解すのに、俺の手が疲れるとでも思うか」
「いぃえ、そんなことは・・・」
「ならば、ほら」
何度も振り返っていると、前を向けと顎で示され、夢主は大人しく顔を戻した。
斎藤が手を動かし始めてすぐ、気持ちよさで夢主の肩から力が抜けていく。
「ふぁ・・・気持ちいぃです、一さんお上手ですね」
「フッ、お上手さ」
夢主の言葉を冗談で返す斎藤。
おもむろに首筋に顔を寄せ、すんと鼻を鳴らした。
「っ、なんですか・・・一さん」
刺激に弱い首筋に感じた温かい息。
肩越しに斎藤を見ようと振り返ったせいで耳朶が斎藤に触れる。
「ぁっ・・・」
気にせず顔を寄せる斎藤は髪の香りを嗅いでいた。
「匂いが残っているな」
「匂い・・・」
「金木犀、甘い香りだ」
お前の香りに負けない、甘い匂い。
顔を離した斎藤は二ッと笑んで、振り向く夢主の唇を奪った。
「んっ・・・」
無理な体勢で口づけを受けた夢主は、体を支える斎藤の腕にしがみ付いた。
「すまん、大丈夫か」
「大丈夫です、でも・・・突然すぎて・・・」
「悪いな」
凝り固まった体は動けば解れる。
したり顔で斎藤は夢主の体の上に手を滑らせた。
「ぁ・・・一さん、あの・・・」
「解してやる、楽にしていろ」
肩から鎖骨を通り、胸の膨らみを越えて腰を辿り、太腿まで触れて、手は肩に戻った。
華奢な肩が大きく揉み解される。
同時に斎藤の鼻先が夢主の首筋に触れた。呼吸のたびに掛かる熱い息のくすぐったさ。
夢主は堪えていたが、手の力強い動きに合わせて声が漏れてしまった。
「ん・・・ぁ・・・」
「気持ちいいだろ」
「はぃ・・・肩が楽に・・・なります。でも、くすぐったぃ・・・ふふっ、ふぁっ・・・」
「金木犀とお前の香りはよく合うな」
「んっ、あんまり首に、息を・・・かけないで下さぃ・・・んふ・・・」
「どうしてだ」
首にかかる髪を除けて、ふぅ・・・と斎藤が息を吹きかけた。
夢主は小さく体を震わせた。